Johnny Roads: アメリカ・ハイウェイ夜話〜ルート58…消えゆく軍用線








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(要約)
Johnny Roads: アメリカ・ハイウェイ夜話〜ルート58…消えゆく軍用線
2026.7    
Johnny Roads
■ ルート58
このハイウェイを誰がいつなぜ建設したのか…それは誰にも確かなことは言えない。この道はGoogleマップ上では走行可能なルートとして表示されない。州運輸局の指定も氷の維持管理契約もなく,公的な記録にも建設の履歴は見当たらない。衛星画像で両都市の間にある砂漠を見てみればその姿を確認できるはずだ。まるで,誰かが風景の上に定規を置いてここに道を作れと言ったかのように,大地に直線に刻まれた白っぽい傷跡が残っている。その周囲の道に目を向けると,砂漠の床を縦横に走る未舗装の轍や土地管理局のルート,古い鉱山道路,高速用の小道などがある。それらはどれも曲がりくねっている。どの道も地形に合わせて低い場所を探し,谷の底をなぞり砂が柔らかい場所は避けるように作られている。それがむしろ普通だ。水や野生動物が作った道のように見えるが,実際その通りだからだ。タイヤや足跡によって長い時間をかけて形成された抵抗の少ない道なのだ。
ルート58(Old Highway 58 )…この謎のハイウェイを見てみよう。この道はそうした全てを無視している。地図の上に引かれた線のように風景には目もくれず,彼側や尾根を切り開き,アルカリ性の平地や柔らかい砂地を突き抜けていく。上空から見るとその対比は驚くほどだ。他の何者とも異なる人工的な設計。モハベ砂漠の他の未舗装路は全て人や動物水が砂漠を移動するように低地を曲がりくねり,抵抗の少ない道を選んでいる。しかし,この道は違う。バーストウ(Barstow )からパームデール(Palmdale)に至る50マイルものモハベ砂漠を1本の直線に整地する権限と機材資金を持ちながら,何の記録も残さずに痕跡を消したという疑問は,アメリカ西部に残る奇妙な謎の一つだ。
ルート58はカリフォルニア州ヒンクリー(Hinkley)の町外れから始まる。ヒンクリーはエリン・ブロコビッチ(Erin Brockovich)が暴露記事で有名にした場所だ。パシフィックガス&エレクトリック社が六価クロムで地下水を汚染したことで知られる町だ。西モハベの標高約2100フィートに位置し,平坦で乾燥した熱い場所だ。どの方向を見渡しても20マイル先まで見通せる。目にするもののほとんどが何もないという景観だ。ルート58はヒンクリーから南西へと続く。出発地点でコンパスを手にすればお分かりだが,南西の方角は道の全行程に渡ってほぼ完璧に保たれており,だいたい南西といった曖昧なものではない。50マイル近い道のりにおいて,そのラインのズレはわずか数分の1度という精度なのだ。なぜ,それが奇妙なのかを理解するには,バーストウ(Barstow )からパームデール(Palmdale)の間に何があるのかを知る必要がある。ここは平坦な砂漠ではない。西モハベ砂漠は遠目には平らに見える。海が平らに見えるのと似ているが,実際には浅い盆地や低山で構成されている。冬の嵐で予測不能な鉄砲水が起こる。枯れ枝は散乱し,そしてトラックの車軸を飲み込むほど深い砂地が広がっている。この2つの都市の間には集落も,信頼できる水源も,ガソリンスタンドも,携帯の電波もない。夏の気温は頻繁に華氏110°F/摂氏43℃を超える。冬の夜は氷点下まで下がることがある。年間降水量は5in/127mm未満だ。しかし,降る時は一度に全てが降り注ぐ。一度の雷雨で20分間に1インチの雨が降り,枯れ側を深さ6ft/1.8mの茶色い水の壁に変えてしまうこともある。土壌は緩くアルカリ性だ。植生はクレオソード,ブッシュ,ジョシュ,アツリー,バローブッシュで,それらは互いに十分な間隔で生えているため,その間の地面が見える。地面はむき出しでひび割れ,古い骨のような色をしている。
■ ミステリーロード
砂漠を横断するにつれて標高も変化する。バーストウの標高は約2200ft/約670mで,パームデールを繋ぐ砂漠の高低差は1000ft/約300mほどの範囲がある。そこに道路を建設しようとすると,その数字以上の困難が立ちはだかる。この風景の中に道路を建設すること自体はそれほど珍しいことではない。人々は何世紀にも渡っても砂漠を横断してきた。最初は徒歩で,次に馬で,そして自動車で。異常なのは,何故これほどまっすぐな道を作るかだ。なぜならまっすぐ作るにはコストがかかるからだ。地形に沿った道路の方が建設費用は安く済む。川の中を通るのではなく,迂回すれば良いのだ。尾根を越えるのではなく,横を通り抜けるのだ。完全にまっすぐな道を作るということは,行く手にあるすべての障害物を切り開いていくことを意味する。重機が必要になる。人里離れた場所に軽油を運搬しなければならない。あらかじめ路線を測量し,杭打ちを行う技術者も必要だ。起伏の激しい砂漠で50マイル/約80kmを目測だけで弾くことはできないからだ。これは偶然ではない。誰かが計画したことだが,その人物はほとんど痕跡を残していない。その道路にはいくつかの名称が付けられていだが,それらは何も教えてはくれない。特定の区間には「土地管理局 IM-4800」という看板を設置している。これはDLMの路線番号だ。犬という接頭辞は通常DLMカリフォルニア砂漠地区(DLM California Desert District )における補修用または調査用のルートを指すが,その指定は行政上のものに過ぎず,歴史的な意味はない。それはBLMがその道路の存在を把握していることを示すだけだ。誰によってどのような権限の下で建設されたのかは教えてくれない。それはお役所が訊かれて肩をすくめるような対応そのものなのだ。Googleマップでは,ルート58の南西端にはシルバーマウンテンロード(Silver Mountain Road )と記されているが,これは道路の存在,以前の歴史的文書には一切登場しない地名だ。
一方でルート58を実際に走る人たちがいる。主にオフロード愛好家や砂漠の歴史家,時にはロケハン中の映画関係者らだ。バーストウとパームデールを結ぶルート58は,一般的に「ミステリーロード」と呼ばれる。このニックネームが定着したのは,誰もその正体を突き止められなかったからだ。ルート58が地図上に確認できる最も古いものは1943年の米国地質調査書による地形図だ。1943年以前の地図には載っていない。この時期は明白な理由から興味深いものだ。当時,アメリカは第二次世界大戦の真っ只中にあり,モハベ砂漠はかつてない規模で,そしてその後も例を見ない規模で軍事利用されていた。しかし,1943年の地図に載っているからといって1943年に建設されたとは限らない。それは1943年にUSGS米国地質調査書の測量士が初めて地図に記載したということを意味する。道路はもっと古い可能性もあれば,できたばかりだった可能性もある。建設記録がなければ,その地図は単なる最も早い可能性のある日を示す基準点に過ぎない。しかもそれ自体が異例なのだ。連邦政府の地形図に乗るような道路のほとんどには記録が残っている。誰かが資金を提供したはずだ。誰かが増税を認可したはずだ。誰かが維持管理したはずだ。しかし,この道路はただ突如として現れるのだ。説は最も単純な可能性から始まり次第に広がりを見せていく。
人々がまず指摘するのは,この道が19世紀の古い幌馬車道であり,担当者や入植者がラバや徒歩でモハベ砂漠を横断していた時代の名残だという説だ。この説は10分も検討すれば否定される。モハベの幌馬車道は水場を辿っていた。泉から泉へ,井戸から井戸へとつながり,障害物を避け,重い身を引く動物にとって扱いやすい緩い傾斜の谷間を通っていたのだ。それらは狭く凸凹で1〜2マイル以上直線が続くことはほとんどなかった。しかし,バーストウ〜パームデールの道は幌馬,車道の特徴とは真逆の性質を持っている。水場を無視している。尾根を迂回するのではなく,乗り越えている。深い砂地を避けずに,突っ切り,アメリカ西部のどの幌馬車道よりも幅が広く,意図的に造成されている。ラバのチームが作った道ではない。キャタピラー社製の重機が作ったものだ。第二の説はこの道が連邦政府が19世紀の土地調査で米国全土に敷いた見えないグリッド…セクションラインに従っているというものだ。セクションラインは1マイル感覚で南北東西に走り,大平原の上空から飛行機の窓越しに見えるような四角いパッチワークを作り出している。西部の地方道の多くは測量によって通行権が確立されていたため,区画線に沿って建設された。しかし,バーストウ〜パームデール間の道路はその区画グリッドに従っていない。その道はグリッドを対角線上に横切り,東西南北の方角を完全に無視した角度で南西から北東へと走っている。区画線に沿った道路はそのようなことはしない。できない。区画線道路の目的は既存の境界線に従うことにあるからだ。
この謎の道路は既存の何物にも従っていない。それは自らの線を切り開いたのだ。3番目の説はより興味深く退けるのが難しいものだ。20世紀前半から半ばにかけて,電話会社はモハベ砂漠を横断する。長距離艦船を敷設。維持しロサンゼルスとソルトレイクシティなどの東方地点を結んだ。こうした幹線には嵐や風邪で電柱や電線が倒れた際に修理班が駆けつけられるようアクセス道路が必要だった。幹線保守道路であればいくつかの疑問が説明できる。電話線そのものが直線であるため,道路も直線であること。公道ではなく私道であったため,公的記録が存在しないこと。1930年代〜1940年代にかけて長距離電話のインフラが大幅に拡張されたという時期的な一致だ。この説の一つには,この道路は電話線の保守ルートとして建設されたが,後に技術革新によってマイクロ波中継塔や埋設ケーブルが登場し,古い電柱や架空線が時代遅れになったことで放棄されたというものがある。電話説を裏付ける最も強力な証拠は20世紀半ばのある時期,電話会社がこの道路の通行券沿いの土地の一部を所有していたという報告があることだ。しかし,問題がある。もし,この道路が電話幹線を維持するために建設されたのなら電柱があるはずだ。少なくとも電柱の跡や切り株,アンカーボルト,コンクリートの基礎あるいは何十年も電柱が立っていた場所の浅いくぼみといった証拠が残っているはずだ。実際にこの道を走行した人や衛星画像で調査した人なら誰でも,このルートのどこにも電柱や切り株あるいは何らかのユーティリティインフラの残骸がないことを証言する。50マイルに渡って一つもない。
もしこの道に沿って電話線がかけられていたのなら,それは物理的な痕跡を一切残さず完全に消え失せたことになる。不可能なことではない,砂漠の砂は時が経てばものを埋め尽くす。だが,これほどの長距離でそれが起こる可能性は極めて低いと言わざるを得ない。電力柱や電話柱は砂漠に100年残る痕跡を残すものだ。
■ 
そうした痕跡が全くないことは,電話説にとって大きな反証となり,そこで軍の存在が浮上してくる。1940年フランクリンルーズベルト大統領はモハベ砂漠の約1000平方マイルをモハベ対空射撃場(Mojave Anti-Aircraft Range )として指定した。これが後にフォート・アーウィン(Fort Irwin)となる施設だ。その演習場はバーストウの北東約37マイルの砂漠の奥深くに位置し,当初の常設施設は消防署,食堂,トイレしかないほど過酷な地形だった。1942年12月までに6万人以上の兵士が,この砂漠での実戦訓練のために駐留し,練習場は正式にキャンプアーウィン(Camp Irwin )と名付けられた。同時期,南西では1933年にミュロック(Muroc)のロジャーズ乾湖(Rogers Dry Lake)に設立されたブロック爆撃射撃場が急速に拡張され,国内で最も重要な軍事飛行試験施設へと変貌を遂げていた。1942年,このブロックは陸軍航空基地に正式に改称された。1943年には戦闘飛行隊の訓練やアメリカ初のジェット機の試験が行われ,爆撃機パイロットのスキップ爆撃の練習用に,ロジャース乾湖に,日本軍巡洋艦の実物大レプリカを建設するなど驚くべき試みがなされていた。35,000ドルを投じて作られたその軍艦レプリカは,角材と金網,鉄筋でできていて,全長は650フィートあった。1943年のモハベ砂漠では,軍がそのような巨大で高額な秘密の建造物を砂漠に築いており,詳細な記録が公認されないことも珍しくなかった。
一方,1942年にはジョージ・パットン将軍が砂漠訓練センターを設立した。モハベ砂漠とソノラ砂漠にまたがる18000平方マイルという史上最大の軍事演習場であり,北アフリカでの戦闘に備え,戦争を通じて100万人の兵士がここで交代訓練を受けた。この砂漠で起きていたことの規模は到底理解し難いものだった。わずか2年の間に米国本土48州で最も何もない土地が最も軍事化された地域の一つとなったのだ。至る所に道路が建設された。アクセス,道路,パトロール,道路,補給,道路そのほとんどが急増でまっすぐな道であり,あの謎の道路と同じような固く締め固められた路面に作り変えられた。そしてパームデール(Palmdale)という場所では,1940年民間航空局がパームデール陸軍飛行場(Palmdale Airfirld)を緊急着陸用滑走路として運用を開始した。戦時中ここはB25爆撃機の支援訓練に使用された。
この広大な軍事施設ネットワークの南西の端に位置していたバーストウは北東の端に位置し,軍用鉄道が砂漠を横切る重要な鉄道の結節点だった。街の経済は輸送と供給によって成り立っていた。海兵隊はバーストゥの近くに兵站基地を開設した。キャンプ・アーウィンは北の砂漠地帯に広がっていた。そしてミュロックは西へと拡張していった。1942年もしあなたが軍の平坦計画担当者で砂漠西部の地図を見ながら,バーストゥの鉄道終点とパームデール近郊の飛行場を結ぶ2つの拠点間で,人員や装備物資を最も早く輸送する方法を考えていたとしたら,あなたは迷わず直線を引くはずだ。まさにこの直線を引くことだろう。軍事理論は他の説では説明できない。この道路の謎のほとんどを解き明かしてくれた。直線の理由も説明がつく。軍の技術者は地形や水源測量グリッドに従う必要がなかったからだ。戦時下においては政治に係るコストよりも建設の速さと移動の速さが何よりも優先された。建設の時期についても説明がつく。1943年の地図に載っていることは,まさに戦時中の兵站道路として期待される出現時期と一致する。公的な記録がない理由もわかる。戦時中の軍事建設は機密扱いであるか,あるいは単に民間機関の行政手続きを通さなかったことが多いためだ。この道路がエドワーズ空軍基地−チャイナレーク海軍兵器基地−フォート・アーウィンにつながる制限空域内やその近くを通っているのは,まさにそれらの施設やその前進を支えるために建設されたからだ。
もう一つ軍事的な観点で言及すべきことがある。砂漠にある長くて完全にまっすぐな線は基準線(Calibration Functions )にも使われていた。レーダーの構成,さらには爆撃照準器の光学的な構成などだ。障害物のない平坦な風景の中にある50マイルの直線道路は航空機の計器にとって有益な基準線だったはずだ。これは推測に過ぎないが,道路の異常な直線性とその異常なまでの知名度の低さの両方を説明できる利用方法だ。構成用ラインも道路と同様にインフラだが,民間の書類が残るような性質のものではない。それは技術的な目的を果たすためのものだ。その目的が失われれば単なる地面の跡となり,なぜこの道路が放棄されたのかという理由にもなる。キャンプ・アーウィンは1944年に閉鎖された。
戦争が終わり,バーストゥ−フォート・アーウィン−パームデールを結ぶ最短経路の必要性は急速に消滅した。1956年に州間高速道路システムが承認されると,10年以内にモハベ砂漠のすべての主要軍事施設が高速道路で結ばれた。陸軍技術者が急造した50マイルの未舗装路はもはや何の役にも立たなくなった。誰も整備せず,必要とする人もいない。砂漠はゆっくりとこの道を飲み込み始めた。人々が関心を失ったものを砂漠が飲み込むようにこれが最も説得力のある説だが,それでもまだ仮説の域を出ない。軍の建設命令書も公平体のプロジェクトファイルも予算記録もこの道路の名に言及した。手紙さえも誰も見つけていないのだ。情報公開法に基づいて,国防総省や陸軍航平隊に請求を行った研究者たちも何も手にすることができなかった。土地管理局の記録には,この道路について軍事機関に通行券や地駅券を認めた記録は一切存在しない。物理的な世界には確かに存在したが,文書の世界には存在しないのだ。重機や燃料測量士,そして体制の建設作業員を擁した50マイルもの道路において,その記録の欠如は極めて異例だ。軍は多くのことで知られていだが,自らのインフラを把握し損ねることは通常ありえない。つまり,第二次世界大戦中にモハベ砂漠一帯に築かれた基地や演習場に関連して,軍によって建設された可能性が極めて高いにもかかわらず,それを証明する術がないのだ。証拠は状況証拠のみだ。書面による記録は皆無だ。道路はただそこにあり,朽ち果てていくばかりだ。
■ 温室の廃墟
しかし,この道を走って見つかる奇妙なものは道路そのものだけではない。道のほぼ中間地点最寄りの舗装道路までどの方向に進んでも15マイル以上ある広大な砂漠の中に2つの温室がある。今では廃墟となっている,金属の骨組み,砕け散ったガラスパネル…かつては囲われていた栽培スペースに砂が吹き込んでいる。その骨組みは趣味用ではなく産業用だ。裏庭にあるような小さな構造物ではない。今日でも衛星画像で確認できるほどの大きさで多くの人がその存在を知るきっかけもそれによるものだ。GoogleEarthで道路を辿っていて,砂漠に全く場違いな2つの大きい長方形が突然現れるのだ。そのうちの1つは土の堤防。つまり土を固めた低い壁で囲まれており,土木機械を使えるものが建設したのは明らかだ。堤防の高さは4フィートほどで温室を完全に囲んでいるため,道路や上空といった遠くからは温室が全く見えない。見えるのは砂漠にある低い円形の壁だけで,それ以外には何もない。当然の疑問として,なぜ誰がモハベ砂漠のど真ん中に水源からも何マイルも離れ,公式には存在しない道路沿いに温室を立て誰にも見られないよう壁で囲ったのか?明らかな答えは人に見られたくないものを栽培していたということだ。それが合法だったかどうかは物理的な証拠からは分かりないが,その堤防は多くのことを示唆している。これほど人里離れた場所に端子を気にせず,温室の周りにプライバシー用の壁を築くことはない。そして,ここで観察を行う可能性があるのは航空機だけだ。訓練や試験飛行で,この砂漠の上空を定期的に飛行する軍用機のことだ。誰かが多大な労力を費やして,これらの温室を空から隠そうとしていた。水の問題は実に不可解だ。モハベ砂漠のこの地域の年間降水量は5インチ未満である。調査地図には給水管も井戸も一切記されていない。井戸も泉も季節川も存在しない。温室で何かを育てるには水が不可欠だ。大量の水を継続的に供給する必要がある。誰かがトラックで水を運んでいたか,あるいは公的記録にない。水源がここにあるかのどちらかだ。どちらの答えも納得できるものではない。道の先にはハウゼ・プレイス(Hauze Place)と呼ばれる場所がある。言及しているわずかな資料の間でも綴りが統一されていない。ハウス・プレイスだったりハウスだったり,あるいは別の表記だったり,このこと自体がこの場所がいかに知られていないかを物語っている。固定資産台帳によるとハウス・プレイスは1960年代には私有地であり,その後少なくとも一度所有者が変わっている。しかし,それが何だったのか,何のための場所だったのか?なぜ,誰もが認めるような道路ではない場所に住居を構えたのかについては,記録には何も記されていない。いくつかのコンクリートの基礎と散乱したがれきが残っており,かつて誰かがここで暮らそうとした,あるいは何らかの目的でこの場所を使おうとして辞めてしまったという気配が漂っている。
■ 映画セット
道の南西端には最後にもう一つの奇妙な光景があるが,これは道の起源とはなんら関係がない。アンテロープ・バレーの郊外に近づくと,地形はパームデール北部のコーチの平原へと平らになり,道はハイビスタス集落を通る…集落と呼ぶにはあまりに小さすぎる場所だ。サンクチュアリ・アドバンチスト教会(Sanctuary Advantist Church )…ハリウッドがこの建物に鐘楼と漆喰の外観を与え,個性を吹き込んだのだ。1981年,デ・ニーロの映画のセットに使われた後,2003年クエンティン・タランティーノが映画『キル・ビル』でツーパインズ・ウェディングチャペル(Two Pines Wedding Chapel )として使用し,ここは,物語の始まりとなる虐殺の舞台となった。その際に木製のポーチが増築された。内部は完全に作り替えられ,それ以来,人々は歴史ある礼拝堂だと思って,砂漠の奥地まで車を走らせてやってくる。しかし,実際には20の映画セットで変装したコミュニティホールに過ぎないのだ。皮肉なことにそれは完璧かつ偶然の産物である。誰も説明できない。現実の道の果てに立つニセモノの教会である。どちらも世間には一つの顔を見せながら,その裏では全く別の何かを隠している。
■ 消失
少なくとも教会には記録された歴史がある。改築の経緯や映画の撮影記録所有者の変遷まで全てを辿ることができる。しかし,その道には何もない。この道は50マイルに渡る答えのない問いかけだ。そして。砂漠はその問いかけさえもゆっくりと消し去ろうとしている。道が崩れつつあるからだ。年代ごとの衛星画像を見ると,かつては明確に整地されていた区間が次第にかすれ,柔らかくなり,砂と低木に飲み込まれていく様子がわかる。場所によっては鉄砲水が道を横切り,完全に侵食して跡形もなく消し去っている。その一方で表面が硬く締まっていて完成した当時と変わらないほど走行可能な場所もある。砂漠の保存状態は,場所によって極端に異なるからだ。1943年のタイヤの跡がアルカリ性の平原に今も残るエリアがある一方で,そのわずか1マイル先では整地されたはずの路面が吹き寄せられた砂の下に消えている。アメリカ地質調査書USGSや大学のアーカイブで閲覧できる1940年代後半の歴史的航空写真を見ると,すでに一部の区間で道が消え始めており,当時すでに維持管理が放棄されていたことが伺える。1950年代になると,その劣化は空からでも見て取れるようになる。1960年代から70年代にかけて,その道は所々で幽霊のように半分消えかかった古い写真の像のようにあいまいになっていく。だが,別の区間では依然として明確にその形を止めている。80年もの間,風や雨や太陽に晒されながらも路面が維持されているのは偶然その場所の土壌がうまく固まったか,排水が道を横切らずに上手く流れていったからだ。この道は黒板に書かれた文章が田んぼごとにゆっくりと消されていくように部分的に消滅していく状態にある。現在,この道を走るには車高の高い車,できれば4輪駆動車が必要であり,そして不確実性を受け入れる心構えが求められる時折見かけるBLM土地管理局のルート標識以外道しるべは何もない。ルートのほとんどで携帯電話の電波は届かない。もし故障すれば徒歩になるが。
どの方向へ向かうにも,果てしない距離を歩かなければならない。路面の状況は1マイルごとに激しく変化する。ある区間は今も固く閉まっており,整地された当時と変わらず堅固だ,窓を開けて時速50マイルで走れば白い砂煙が何マイル先からでも見えるほど,後ろにたなびくかと思えば,別の区間では表面が柔らかく砂丘化しており,タイヤは沈み込み,トラックは減速し,燃料計のことが気になり始める。鉄砲水が道を横切って3フィートもの深さの溝を刻んでいる場所もあり,そこを降りて横断し,反対側を登る間,下回りで響く異音が一体何を意味しているのかを考えさせられる。この道を全線走破した人々はその体験を不気味だと言う。劇的な何かが起こるからではなく,絶対的な孤独感とそこに明らかに存在する光学的な道の組み合わせがそう感じさせるのだ。そこは誰かが本気で作り上げた道であり,人の意志を感じさせるものが,他に何もない風景の中を走っている。フェンスはなく,廃墟と化した温室以外に建物もなく,電線もなく他の道と合流したり分かれたりすることもない。ただ,道だけがまっすぐ地平線へ,そしてその先へと伸びている……
   
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Timetraveler2582: 2026年6月6日予言〜家の入口を全て閉じて人工照明を使ってはならない
152462906さん
2026/2/14 19:08
2026年 6月6日の闇の3日間は本当に当たるのですか?
▽ オールドファッションシナモン好きさん
ベストアンサー
2026/2/17 1:53
AIに聞いてみました。
結論としては、都市伝説の類いのようですね。伝説発生の理由等は以下に書いてますので、読んでお楽しみ下さい。
ーーー
「2026年6月6日の闇の3日間」という予言について、科学的な根拠や公式な裏付けはなく、「当たる」という客観的な事実は確認されていません。
この噂は、カトリック教会の民間伝承や一部の幻視者(聖アンナ・マリア・タイギなど)が語ったとされる「世界の終末の前に地球が3日間暗闇に包まれる」という「三日間の暗黒」の予言が元になっています。
なぜ「2026年6月6日」と言われているのか
特定の年月日が噂される主な理由は、以下の宗教的・オカルト的な結びつきによるものです。
数字の「666」: 新約聖書の『ヨハネの黙示録』に登場する「獣の数字」として知られる「666」に関連づけられています。2026年(2+0+2+6=10、あるいは末尾が6)の6月6日という日付が、この不吉な数字を連想させるため、ネット上で予言と結びつけられることが多くなっています。
民間伝承の解釈: 「三日間の暗黒」という予言自体は古くからありますが、特定の年を指定する公式な教義や予言は存在しません。
科学的・現実的な視点
天文現象: 2026年6月6日前後に、地球規模で光が消えるような特異な天文現象(異常な日食など)の予測はありません。
予言の性質: この種の予言は過去にも「1999年」や「2012年」など何度も時期を変えて浮上してきましたが、実際に的中した例はありません。
結論として、この話は特定の宗教的イメージや数字の不吉さを組み合わせた都市伝説やデマの類である可能性が極端に高いと言えます。過度に不安を感じる必要はありません。
ーーー
▽b1a2d7cc0さん
2026/6/3 15:24
あと、日にちを確定した預言って大体その通りにはなっていません
ほぼ外れています
昨年の7月5日を思い出して下さい…
上記の暗黒の三日間もデマという情報も以前見ましたので
余り信じ過ぎないようにして下さい
これに限りませんが、興味や好奇心をそそるような情報や拡散された根拠の定かでない噂は全て一歩引いて見た方がいいです
   
Yahoo!知恵袋
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10325343265
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   



2026年6月6日、世界は3日間の闇に包まれ恐怖の時代が到来する。自称タイムトラベラーが予言
Scarlet (著)・パルモ (編集)
公開: 2021-05-08 22:30
本記事はアフィリエイト広告を利用しています。
2582年から来たと主張する自称「タイムトラベラー」が4月末にTikTokでシェアした動画が多くの反響を呼んでいる。まるで「北斗の拳」のナレーションにも似た、世紀末の到来を予言していたのだ。そのYouはShock!な主張は「2026年6月6日、世界は3日間の闇に包まれ、恐怖の時代が到来する」というもので、彼は動画の中でその時に「絶対にしてはならないこと」を人々に警告している。
■ 2026年6月6日、世界が3日間の闇に包まれる
4月23日、フォロワー数65万人以上を抱えるTikTokユーザーであり、2582年から来たという自称、タイムトラベラーの“Timetraveler2582”さんは、1本の動画をTikTokに投稿した。動画のキャプションには、
「2026年6月6日のUTC(協定世界時間) 0時00分から、地球は3日間の暗闇に陥る」
とある。あと5年後の話じゃないか。Timetraveler2582さんは、2007年のアメリカSFホラー『ミスト』の一連の終末論的シーンに加えて、「信じられないかもしれないが、これは確かに2026年6月6日に起こったことだ」と主張。そして彼は、その時に我々が絶対してはいけないことを警告した。
・家への入り口を全て閉じて固定し、全ての照明を消し決して窓の外を見ないように。ろうそく以外の人工照明を使ってはならない。
・暗闇が終わるまで、窓やドアがノックされても応答せずに常に沈黙を守るように。
・家の外で誰かと交流しようとしないように。
・外から聞こえる音が何なのかを確かめようとしないように。
・外から漏れる明かりを調べたりしないように。
・もし、あなたが家の中もしくは視界の隅に、得体のしれない何かの影を見たとしても…
多くのユーザーらから反響を呼ぶ
これまでにも未来を予言した動画を数多くシェアし、ユーザーらと白熱した議論を巻き起こしているTimetraveler2582さんだが、今回も多くのユーザーらが反応した。面白がってはいるものの、信じない人も多く、「これは真実ではない。彼は多くの予言的な動画をシェアしてるけど、今まで実現していないものが多いじゃないか」「フェイクに決まっている」といった声があがっている。一方で、彼の予言を信じているユーザーもいる。「この日をカレンダーに書き留めた」「どうかこれが真実ではないと言って。私は暗闇がとても怖いし、ろうそくも持っていないのよ」というコメントが寄せられている。
いずれにしても、Timetraveler2582さんの未来の予言は、多くの人の興味を掻き立てているようで、この動画だけでも既に50万回以上再生されている。2026年6月6日、この日に何が起きるのか起きないのか、とりあえずカレンダーにチェックだけいれておいて、当たった!、はずれかよ!とかいう準備をしておこう。というか当たってもらってもこまるんだけど。ある意味今こそ世界は危機的状況にあるわけで、国によっては世紀末的状況に追い込まれているわけだけど、それは予言できていたのだろうか?
 なお、彼のTikTokアカウントは現在削除されている。つまりはそういうことなのかもしれない。

カラパイア
https://karapaia.com/archives/52301819.html
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   












松原照子: 2027年,中国は分裂する
文化放送『おはよう寺ちゃん』NEWSピックアップ
/ 三上丈晴(『月刊ムー』編集長)
26.5.1   
■ UFO関係軍人,科学者の失踪
ーこの時間は月刊誌『ムー』の編集長,三上丈晴さんに世界で起きている摩訶不思議な現象について話を聞いていきます。三上さん,よろしくお願いいたします。
ーよろしくお願いします。
ーでは,早速好評発売中の月刊『ムー』5月号からこちら。「ロズウェル事件の秘密を握る元軍人が謎の失踪」。1947年に起きたUFO史上に残るロズウェル事件。墜落したUFOの残骸と異星人の死体がアメリカ軍の基地に運ばれたと囁かれているものです。この事件の秘密を握る人物が三上さん謎の失踪を遂げたそうですね。
ーこれ今すごいことになってるんですよ。これUFO関係,さらにはその秘密兵器の開発に関わっていた軍人及び科学者の死亡および失踪が既に11人になってんですよ。これ大問題なんですね。どうもトランプがUFOさらには異星人の存在を公表すると公言したあたりから,ここ数ヶ月のうちに次々,短い期間でキーパーソンがどんどん本当に射殺ないしは,そのまま失踪って事なんですね。ついに数日前も1人殺されて。ちょっと違う問題でジョークにならないというか,トランプもこの一連の事件に関して調査するように指示したところだけど,ちょっとFBIが動かないみたい。
ーそれはどうしてなんでしょうね?
ーちょっとシャレになんない,もっと恐ろしい背景があるんじゃないかということで,日本だとほとんど報道されてないけど,アメリカではエラい騒ぎになってるそうなんです。その象徴的な人物が,元軍事なんですけど,ニール・マッカスランドなんですけども。もちろん退役してもうすでに68歳なんですけど,突然自らの意志で失踪してます。
ー自分の意志ですか?普通だったら,誰かにさらわれるとかいうことがイメージできるんで,でも自分の意志でっていうのはどうしてわかるんでしょう?
ーこれ,あのまあの,奥さんというか家族の人たちに「ヤバい,このままだと殺される」みたいな事言ってたみたいです。なんかそういう風な兆候があったんでしょうね。もう携帯…スマホでしょうね,それを自宅に置いたまま失踪と。
ーということは,だから,携帯で自分の位置情報知られないようにって事も考えられますもんね。
ーそのあたりは元軍人ですから,当局がその気になればっていうところで想定されるところでしょう。なんでご家族の方は「間違いなく命を狙われてるんで失踪した」って言ってます。
ー命を狙われているから失踪したと。このマッカスランドっていう人物は元軍人という事ですけれど,具体的には何の仕事してたんでしょう?
ー退役してるんですけれども,一言で言うと,向こうで言われている表現なんですけど,UFOの番人,軍におけるUFO情報を知る立場,管理する立場にあった方です。当然ながら,UFO問題とは須らく軍事問題なので,兵器開発に関わる重要なことを知っていたので,これにまつわるリスクヘッジというか口封じというかこの可能性がありもあると。
ー一方でも,当局は元軍人の失踪というのは,大々的にはこう扱ってはないってことですかね?
ーそりゃそうでしょ(笑) 
ーあ,そうか隠したいんだもんね。
ー特にマッカスランドが勤務してた所が,今日のライトパターソン空軍基地。先ほどの1947年のロズウェル事件。その時に回収されたUFOと異星人の死体。これは当時はライトフィールド軍事基地って言ってたんですが,そこの陸軍航空隊に運び込まれた。つまりライトパターソン空軍基地はUFOおよびエイリアンに関する機密情報をずっと持っていた。それを知る立場にマッカスランドなので,ちょっとでこれ目が離せない。
ーそうですね。注目です。
■ UFO関係軍人,科学者の失踪
ーはい。続いては『月刊ムー』5月号からこちら。「松原照子が予言,中国は分裂して連邦になる」。中国が将来分裂するのか。預言者であり,経営コンサルタントの松原照子氏は,東日本大震災を予知していたことで一躍有名となった人物です。三上さん,松原照子氏は,東日本大震災のあとコロナも予言したんですか?
ー一番有名なのはあれですね…「2020年の東京オリンピックは開催されない」と断言していて,実際にそのようになったってことでご注目されましたけど。他にも色々,3.11,コロナとか,第1次トランプ政権の誕生とかっていうことごとく当ててるんだよね。もちろん全てが当たってるわけではないんですけども,全部とは言わないけれども,非常にこうトピックス的なものをズバリ予言しているので,そういう意味で非常に有名になったというか有名です。本人は「霊能者」って言われ方するの,あんまり好きじゃないみたいなんです。
ーご本人にはお会いになったことありますか?
ーそうですね。もう何度もお会いしております。
ー気さくな方なんですか?そうでもないんですか?
ー一言で言うと,もう大阪のおばちゃん。
ー(笑)いいですねー。いいじゃないですか(笑) じゃあなんかこう…「そういう霊的なものみたいな好きやないねん」みたいな?
ーなんかそんな感じなんですね。「幽霊とかそんなん,もう嫌やわー」みたいな。
ー(笑)いいですね。そんな松原氏ですけれども,4〜5年前から中国崩壊の気配を感知していると言います。その言葉に「2027年」という…来年です。というキーワードがたびたび出てくるようになった。これ,三上さんどういうことなんでしょう?
ーご存知の通り2027年は,人民解放100周年になって,この節目に習近平がトップとして君臨している。となると,いわゆる歴史的偉業,業績を残さなければならないとなれば,考えうることは一つ,台湾であると習近平自身が公言してますんで,ここ1〜2年のうちにいわゆる台湾有事があるんではないかということで話題になって,その区切りとなるのが2027年。
ーそれはその松原氏もそれをこう感じてるって事なんでしょうか? でも中国崩壊の気配を感じてるんですよね?
ーずっと前から「どうも中国はこのまま行くと分裂するんじゃないか」っていうことはずっと言ってきているんだよね。それがいよいよ表面化してくるということで,最近中国に関する意見というか研究が多くなって。
ーまた,ご自身のサイトには何かが起きそうで怖いという文章,これもアップしていたそうですね?
ーそうですね。それはもう半分ぐらいもう現実化しているというか,台湾の周りに軍艦とか演習で,まあある意味海上封鎖みたいなことをしている。さらには台湾中国を爆撃機,戦闘機で飛行するという,威嚇ですよね,それが起こっているという。
ーなるほど,それをもう浮かべていた。で,そんな松原氏に『月刊ムー』が「中国の崩壊は近いのか?」と訊いたそうです。そうすると「共産主義がもう爆発してどこにもない」と,こういう答えが返ってきたと,記事には出ています。「共産主義が爆発している」…これ,何を指すんですか? 分裂ってことですか?
ーこの辺りは大阪のおばあちゃんらしい表現で。まあ,一言で言うともう社会主義国家ではないと。社会主義国家というのは共産主義を通じて,色々な革命を通じて,最終形態の共産主義国家になっていくという。それを指導するのは中国共産党で,これは事実上の独裁になるはなるんですけれども。ただまあ,ご承知の通り,もう今の中国は社会主義国家ではない。もちろん土地とか,そういう風な個人消費はできないものの,事実上,一般人民はもう資本主義で動いている。そういう意味で,昔で言うところの毛沢東主義の国ではなくなっているということですね。
ーさらに松原氏は「習近平国家主席は中国が共産主義じゃないと困る」…こう指摘してます。これはどう理解すればいいんでしょうか?
ーそりゃ,共産主義,社会主義国家を標榜してないと,一言で言うと独裁者ではいられない。民主的な手法で,手順を踏んで…っていうわけではない。今はもう独裁政権で独裁者ですからね。何事も習近平が決められるという状況において,それを体制的に保証してるのが,まさに共産主義社会主義国家というシステムですよね。これ曲がりなりにも手放すことはできないと。
ー習国家主席ですが,2018年にですね。国家主席の任期,わざわざこの任期制限というのがあったのを撤廃して,長期政権への基盤確立しています。松原氏は「このことによって一党独裁体制に磨きがかかった」と。これはおっしゃる通りです。「一方中国のインターネットサービス大手テンセントですとか,ECサイト大手のアリババ…こういう世界の企業のトップ50に入るような企業は,アメリカ寄りになっている」と指摘されているというんです。そういうことなんですか?
ーもうまさにこれは普通にテレビや新聞に公表されている通りのことで。事実上資本主義国家にはなってはいるけれども,体制として社会主義共産主義が続いている…言ってみりゃ権力闘争が起こっているわけです。
ーそして気になるのは台湾です。習首席,国家主席に就任した直後から,台湾統一に言及してきたわけなんですけれども,松原氏は,この台湾の扱いについてどう指摘しているんでしょうか?
ーまだまだあの流動的なところはある前提ではあります。けれども,松原さんが習近平の心というか,頭の中を透視霊視したところ,まあ,「これをやらないともう格好がつかない」というメンツの問題にもなってきているという。色々ね理由はあるんでしょうけれども,やはり独裁者ですから,習近平自身の考え方ひとつでですね。何故こうなる?何故それをやるのか?という理由を突き詰めると,実はなんかメンツの問題であるみたいな。そこはなんかリアルかな,生々しいかなって思います。
ーだって,過去の国家主席を超えてやると思ってるんだったら,なんかやんなきゃいけないっていう風に思いますもんね。
ー多分中国って歴史的に,まさに独裁国家というか帝国ですから。歴史に名を残すということも含めてですね,歴代の皇帝を目指していると。
ーで,その松原氏ですけれども,「中国ではクーデターの種があちらこちらにばらまかれて育っている」…こうも指摘してるんですね。ということは先ほど言った,近いうちに中国が崩壊するのか?分かれてしまうのか? じゃあ,その時世界にどんな影響があるのか? 分裂して連邦になるとするとどうなっていくのか?この辺りは三上さん,松原氏はどう話してるんでしょう?
ーこれは予言というか,実際に,もう言ってみれば,中国共産党の体制の敵対勢力は全部粛清してきたわけですね。まあ特に台湾侵攻に関しては軍が反対してる。「勝てない戦争するもんじゃねえ」っていうのがまあある種の軍人の冷静な判断でしょうけども,粛清した。粛清したはいいけれども,気がつけばもうトップは,ほぼほぼ1人2人になっちゃってる。そういう状況下で,仮に号令をかけたとして,軍がそれに従うかどうか? 軍も一枚岩ではない…っていう状況を鑑みるに,最終的には分裂するんではないか?というのが松原氏の見立てというか。このまま行けば本当にこの連邦のような形になるであろうと。
ー確かに我々には伝わってこないけれども,中国各地ではデモだとかクーデターみたいなものがたくさん起きてるとも言われてますものね。それを潰しにかかってるっていう報道も抑えてしまうっていう。これが現実だなんて聞いたことありますから。ってことはこれいつとは言えませんけれども。でも松原氏は4〜5年前から中国崩壊の世界を感じていてという2027年というキーワードが出てくるようになったと言ってると。
ーまさに分裂が先か台湾が先か…それが来年ということですね。三上さんありがとうございました。ニュースピックアップでした。
   
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松原照子: 中国経済の行方(24.4.26世見)
本日の世見
中国共産党大会の行方
2024年4月26日(金曜日)
中国
「インド」,この国名で親しんで来ましたが,もしかすると近い将来,国名が変わるかもしれません。インドという呼び名はイギリスの植民地時代の呼称だったことから,数千年の歴史があるサンスクリット語での呼び方に変える日が来る気がしています。
今年もこれから様々なことが起きて行きます。
中国からも目が離せません。中国の経済減速がとても気に掛かります。中国恒大集団の巨額債務は,金融危機へと進むと思えて仕方がありません。中国恒大集団がアメリカで保有していた財産の行方,これは大きなポイントです。中国の思惑通りに債権者に対して上手く逃げられるかと言ったら,何か引っ掛かる物を感じてしまいます。GDPの3割を占めていた不動産関連事業だっただけに,今は逃げ道が見付からないのが現実に思えて来ます。それと,このこともあり五年に一度開かれる中国共産党大会に大きな影響を与えると思っています。次期共産党大会が開かれるのは2027年です。
習近平氏が4期目続投出来るかが2025年にかかっています。この4期目に意欲を持つ習近平国家主席です。だってね,中国建国の父・毛沢東でさえ3期でしたからね。だからだと思います。
2027年はとても気に掛かるのです。この年を念頭に,習近平国家主席は台湾有事も考えていると思います。ただ,中国も今年を含めて2027年までに大災害を何度も体験します。それと列車事故も気になっています。製薬会社の日本人社員がスパイ容疑をかけられ反スパイ法違反で国家安全当局に拘束された事件,何やら大きな裏事情を感じます。一日も早く帰国することを心から願います。
イーロン・マスク氏,体調は大丈夫なのでしょうか。今日は何故かイーロン・マスク氏のこれからが気に掛かります。お金で変えないものがあります。フランスも大事件が起きそうですし,デモもまだ収まってはいない思いもいたします。

幸福の近道
https://terukomatsubara.jp/









松原照子: 中国の動向
★世見★
松原照子氏のスピリチュアル情報
―――★―――★―――★―――
<世見>世見2022年3月31日中国の動向
もう忘れていますよね。
香港当局の「逃亡犯条例」改正案をきっかけに,改正に反対する市民の大規模なデモが起きたのは2019年6月のことでした。このデモは,次第に中国への反発と,民主化を求める抗議活動に変わりましたよね。
人は自分に関わりのない出来事はすぐに忘れてしまいます。あの時は,抗議活動がエスカレートするにつれて,当局の弾圧ももの凄かったです。
香港は香港島,九龍地区,新界,そして大小多数の島々からなっています。人口は734万人。イギリスの植民地になったのが19世紀。香港は,「金融と商業・観光」と独自な発展を遂げました。1997年中国返還後,中国は,香港に対して一国二制度をとっていたのに,ここにきて本土と同じ社会主義政策を押し付けてきたのです。
中国は大きく変わろうとしています。今世界が大きく変わるのを感じます。新型コロナウイルスが世界中に広がり,人間の力のなさを感じさせられましたが,次なるは「大災害が相次ぐ時期」を迎えている気がしています。特に中国の動向は,何かしら嫌な予感も広がります。
3年後には万国博覧会が大阪で開かれますが,以前の大阪万国博覧会の開催からは55年振りです。私も母と娘と出掛けました。今からの3年,日本に於いても大きな災害が起きないことを心から願わずにはおれません。
話は変わるのですが,お金持ちの人達が宇宙旅行に出掛けていますが,事故が起きなければいいのにといつも気になっています。宇宙旅行が出来る人もいれば,日々の生活に苦しみを感じている貧困家庭もあります。出来ることなら,子供達だけでも貧しさから救ってあげたいものです。

あほうどりのひとりごと
http://www.xn--l8ji6b8dbd9a6a7e0hd.com/article/486230386.html
http://www.xn--l8ji6b8dbd9a6a7e0hd.com/article/486056411.html
http://www.xn--l8ji6b8dbd9a6a7e0hd.com/article/485540208.html
http://www.xn--l8ji6b8dbd9a6a7e0hd.com/article/485540244.html

松井茂『イラク』〜1980年代イラン・イラク戦争の記録
松井茂『イラク』(中公文庫)
▼イラクのイラン侵攻期 
イラン,イラクの両国の国境紛争は長い歴史を持ち1979年2月のイラン・イスラム革命以降も続いた。筆者がイラクに滞在した1980年春も,紛争が燃え広がっていた。やがてこれが「中東の覇権」を求めるイラクのフセイン大統領の野心と結び付き,1980年9月17日には両国の国境を定めたアルジェー協定の破棄,続く9月22日にはイラク軍のイラン領侵攻へとつながっていった。
1980年9月,侵攻一日目,イラク空軍機はイラン各地の空軍基地を攻撃したが,与えた損害は軽微だった(いつ頃からかは分らないが,筆者が実際に視察した時には,イランの空軍基地は厚さ2m以上もあるベトン製格納庫に軍用機を収容し,その周囲に,爆風を防ぐ高いコンクリート製の防風壁を設け,空襲に対し万全を期していた)。これが以後の作戦に与えた影響は大きく,劣勢と見られていたイラン空軍は,イラクの各都市や重要施設を爆撃,たびたび首都バグダードを停電に陥れた。イラクは予備役の召集を開始し,中部のカスルエシリン地区とメヘラン地区,南部のフゼスタン州の三地域で地上戦が展開された。このうちカスルエシリン地区には師団級,メヘランには旅団級の兵力からなるイラク軍が侵攻し,カスルエシリンでは前方40km,メヘランでは前方10kmの地点をそれぞれ占領,堅固な防衛陣地を築いた。これら両地区への侵攻は,カスルエシリン地区からバグダードへ,またメヘラン地区からバグダードーバスラ街道への脅威を防ぐために実施されたもので,以後,この両地区でイラク軍は防禦に専念した。主戦場となったのは,イラン南部の平坦なフゼスタン州であった。ここに,二個機甲師団を主力とするイラク軍が侵攻した。 二個機甲師団といえば,開戦時のイラク軍の全機甲師団数の半分である。だが,フゼスタン州でのイラク軍の進撃は意外とはかどらなかった。
9月28日には,行軍中のイラク機甲部隊がイラン軍の対戦車ヘリに襲われ,多大の損害を出していイラク軍の当面の目標は,シャット・アル・アラブ河沿いのホーラムシャハルと製油所のあるアバダンであった。ホーラムシャハルは激戦の末,10月24日に陥落したが,その出血の多さにイランはフェンシャハル(血の町)と呼んだほどであった…
▼イラン長期消耗期 
1983年2月,ラマダン作戦,ムスリム・イブン・アギル作戦の相次ぐ失敗にもかかわらず,モハラム作戦は膠着したとはいえイランの見通しを明るくした。イラク南部の大湿地帯は戦線が錯綜しており,イラン歩兵にとっては奇襲攻撃をかけるのに格好の場所であった。アシの繁る中を小型舟艇で機動し,ヘリコプターや輸送機による補給を受けて行動する新戦法をイランは編み出した。また,モハラム作戦での緒戦の成功から,イラクの兵力は十分でなく,ことに戦線を破られた穴をふさぐ予備兵力が極端に不足していることを露呈した。この時期のイランの戦略方針は,以下のものと推察される。
・イランは人口で3倍の優勢を持つ利点を生かして次々と部隊を新編し,長大な全国境線に亘って戦線を拡大,イラク軍を長期消耗戦に陥れる。
・イラク軍が防衛しにくい南部の大湿地帯及び,同国の生命線ともいうべきバグダードバスラ街道の切断をメヘラン地区から仕掛け,イラク軍を出血させる。
この第5期は,第1~7次のバル・ファジル(暁)作戦が中心となり,イランによる総計14の大規模な攻勢作戦が行われた。主攻勢は,イラク北部のハジオムラン高地,中部のメヘラン地区,南部のハウイザ原及びマジヌーン島に向けられたが,このうち,北部での作戦は多分に陽動作戦の色彩が濃く,実際1983年7月31日にはイラン外相のベラヤチが,一部の作戦を陽だと暗に認めている。以下ではこれら一連の作戦の内,特に大規模なものを取り上げてみよう。1984年2月上旬,「神の解放」作戦の第一波が北部で開始された。続く2月15日「ヤ・バハラ」作戦がメヘランデフロラン間の南西部で開始,後にこの「ヤ・バハラ」は,第5次バル・ファジル作戦の秘匿名であったと発表された。 2月21日,第6次バル・ファジル作戦が南部で開始され,これに連動して翌2月22日には,ヘイバル作戦も開始されている。以上のように,作戦の秘匿名や多くの作戦名が一時に使用されたことは,イ・イ戦争中,前にも後にもなかった。これはもちろん,イラク側の情報処理を困難にして,秘匿効果を出そうとしたものだが,イラン軍としては,それほどこの第五/六次バル・ファジル作戦に総力を傾けていたのである。1984年2月8日~2月10日にかけて,パスダランの兵士はかねてから弱点であった機動力の向上を図って全土で演習を実施し,この作戦に向けての動員体制を完了していた。 また1983年1月以降はもっぱらアラビア湾上の船団護衛に出動する程度で,イラク領内を飛ばなくなっていたイラン空軍も,2月25日の第五次バル・ファジル作戦に呼応して,イラク各地を爆撃した…
▼イラク反抗期
…注目すべきは,イラク空軍によるペルシャ湾上のイラン領の島及び海上油田への攻勢である。1987年7月13日ファルシー島,7月14日ファルシー島,ラハーシュ油田,7月15日ロスタム油田......。 これらの島及び海上油田プラットホームは,パスダラン海上部隊の小型襲撃艇の基地である。時期的には,米海軍によるクウェート・タンカーの護衛開始の直前である。すなわち,この航空攻勢はクウェート,米国,さらに西側へのイラクのサービスとみられる。イラク自身,ペルシャ湾内でこれらイラン小型艇と闘う必然性がないからであ今さら繰り返すまでもないが,イ・イ戦争全般を通じて,こうした政治戦略,あるいは政治的配慮を双方ともよく行っている。これを見抜けなければ,この戦争の推移と進は理解できないといえよう。
こうした状況下で,イランに最後の止どめを刺したのは,イラクのミサイル及び化学戦力であった。1988年2~3月の双方の首都ミサイル合戦で,イラクはイランを圧倒した。 テヘラン市民の間には「イラクがミサイルに毒ガス弾頭を付けて撃ち込んでくる」との噂が流れ,パニックが生じた。実際,6月25日にはイラクはイラン南部のアカルバラ号アフワズに毒ガス弾頭付ミサイルを多数撃ち込んだ。こうした状況に,イラン指導部は動揺し,人民にとにかく戦果を示すため,2年ぶり「バル・ファジル」の栄光ある作戦名を再び掲げ,その第10次を北部で開始し,3月17日には温存に努めていた空軍を32波も出動させるほどに力を入れてハラブジェを陥落させ,戦果の宣伝に務めた。だが,イラクはミサイル攻撃で優位に立った次は,南部の要衝ファウの奪回作戦名「ラマダン・ムバラク」を決めていたとみられる。もともと,ハラブジェは少数民族クルド族の土地で,戦略性も高くない。イラクとしては堅守する気持はなかったであろう。もし堅守する意向なら,戦略予備軍たる最精鋭の大統領警備隊を投入したはずである。そうしなかったのには,この部隊をハラブジ防衛に注ぎ込んで,ファウ奪回の貴重な戦力を損いたくないという意向が,イラク指部にあったからだといえよう…
▼終戦期
…守備に当たるイラン軍は革命防衛隊を中心に約3万人と見られ,他方,攻撃するイラク軍は常勝将軍とわれたマベール・ランド第七軍司令官の指揮下に,第七軍と大統領からなる6~7万人であったが,防御の利点を考えると,イランにあながち不利ではない,ファウの周辺は大湿地帯で,バスラに通じる道路が二本,ウム・カスールに通じる道以外は機動や展開が利かないし,南は海であり,守るには有利な場所である。
だが4月17日の作戦初日からイラン守備隊は振るわず,ファウ半島北部とペルシ湾岸地域を奪還された。イラン発表によると,イラク軍は対岸のクウェート領ブビアン島を基地として上陸作戦を行ったという。イラク海軍は小規模な上陸作戦能力を持っていた。2日目の4月18日,イランは42波(それまでの最高の出動回数)に上る空軍の地上支援を行った。これからみて,イラン統帥部はファウの堅守を厳命したと見られる。海岸部にイラク軍戦車,水陸両用戦車,浮航式兵車などに上陸され,これらに圧迫されたことも考えられるが,とにかく海岸部を完全に占領された。同日午前9時,ペルシャ湾南部において,米国がイランに戦闘を仕掛けた。この報道を聞いて,イラン守備隊の戦意が急速に低下したことも考えられる。とにかく,海岸部を抑えたイラク軍が,シャット・アル・アラブ河沿いに北進すれば,イラン守備隊は退路を断たれる。そこで3日目,イラン守備隊はシャット・アル・アラブ河を渡って,撤退した。イラクによるファウ奪回は,イランの戦争継続を改めて困難とした。イラクが1986年2月の第8次バル・ファジル作戦でファウを奪われるまで,ファウ付近のラスル・ビッシュ他に対艦ミサイル「HY2シルクワーム」(中国製)の基地を置き,バングル・ホノイニ港に入港する船舶を攻撃していたが,それが再開されることになる。また,ファウ奪回により,ウム・カスールを基地とするイラク海軍がバンダル・ホメイニ港へ向かう船舶攻撃に出動しやすくなった。これらの事情のため,イランの軍需補給が著しく難しくなってきた。加えて,イラン軍の兵士の士気がとみに振るわなくなってきた。ファウは簡単に奪回されたし,バスラ東方シャラムチェ地区(イラク側作戦名「タワッカル・アラー」),マジヌーン島なども容易に奪回された(イラク側作戦名「タワッカルナー・アラー・アラー2」)。 マジヌーン島などは,外人部隊の「イラク・イスラム革命最高評議会」のバドル軍団に守らせて,イラン軍は引き揚げていた。中部戦線では,イラクの外人部隊のイラン反体制派「ムジャヘディン・ハルク」の軍事組織NLAに,革命防衛隊が敗北する有り様だった(作戦名「タワッカルナー・アラー・アラー4」)。
戦後の1989年2月,イランを訪れた筆者は次のことを聞いた。戦争の終盤,ある日本企業のテヘラン事務所に勤めているイラン人従業員たちが,革命防衛隊に志願して出征した。しかし,前線でイラクのすさまじい砲火を浴びて,部隊長以下全員が腰を抜かし,集団脱走した。 脱走した足で全員が元の職場へ復帰したが,軍内憲兵組織が確立されておらず,逮捕されなかったという。こうした例は他にも多かったといわれる。
ペルシャ人は激昂する性格だが,気分の変わるのも早い。 そのせいであろう。 他方,イラクは兵や兵逃れは手配され,捕まれば厳罰となる。以上の状況の中で,1988年7月18日,イラン指導部はついに国連の停戦決議を
受諾し,イイ戦争は終結へと向かった。
        
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櫻井ジャーナル: シオニズム
追い詰められた米国とイスラエルは核兵器を使う可能性が高まっている
2026/03/30 06:32 
■ 対イラン攻撃
▽イスラエル,ヒズボラに敗北
イスラエル軍の地上部隊は2006年7月から9月にかけてレバノンへ軍事侵攻したが、その際、ヒズボラに敗北している。その時にメルカバ戦車が破壊されている。その結果、イスラエルはレバノンへ地上部隊を侵攻させなくなった。
▽イスラエル,ヒズボラ幹部を暗殺
2024年にイスラエルはヒズボラの幹部を暗殺した。例えば7月30日にはフアド・シュクルがベイルートで殺され、9月17日と18日にはレバノンやシリアでトランシーバーやポケベル(ページャー)が遠隔操作で爆破されるテロ攻撃があった。9月27日にはベイルートでヒズボラ幹部による秘密会議が開かれていた地下施設がイスラエル軍によって空爆され、ハッサン・ナスララ事務総長も殺害されている。これでヒズボラは壊滅したとアメリカやイスラエルは考えたのだろうが、今回、すでに復活していることが判明した。すでにアメリカ軍のF-35、F-15、F-16といった戦闘機、F/A-18戦闘攻撃機、KC-135空中給油機をイラン軍は破壊、あるいは損傷を与えたと伝えられているが、3月27日にはサウジアラビアのプリンス・スルタン空軍基地に駐機していたAWACS(AEW&C、早期警戒管制機)のE-3が破壊された。
▽アメリカ海兵隊が中東に到着
アメリカ海兵隊の第31海兵遠征部隊(MEU)が中東に到着したとアメリカ中央軍(CENTCOM)が発表した。この部隊はディエゴガルシア島に駐留していると言われていた。到着している海兵隊員は2200名から2500名だと報道されている。さらに第11MEUが4月6日か7日着くという。しかし、第11MEUと第31MEUの派遣は陽動作戦にすぎず、地上攻撃が本当に実施されるならば、ふたつのレンジャー大隊と第82空挺師団の支援を受けたSMU(特殊任務部隊、通称ティア-1)が実行する可能性が高いと元CIA分析官のラリー・ジョンソンは推測している。いずれにしろ、アメリカ軍は100万人のイラン軍と戦うことになるのだが、アメリカ軍の退役将校やCIAの元分析官は「大惨事」になると見通している。それでも地上部隊を侵攻させるとするならば、ドナルド・トランプ大統領にアドバイスしている人たちが愚かなのか、それでもイランに攻め込まなければならない理由があるのだろう。少なからぬ人はトランプをイスラエルが動かしていると考えている。そのイスラエルはサウジアラビアと同じように、イギリスの支配層が作り上げた国だ。
すでにイランはホルムズ海峡の通行を制限している。イランに敵対していない船舶は安全保障規則を完全に順守するならイラン当局と連携してホルムズ海峡を安全に通過できるが、イランを侵略している当事国のアメリカやイスラエルのほか、侵略に何らかの形で参加している船舶は無害通航または非敵対通航の対象とはならないという。
▽ フーシ派参戦
制限の中には石油取引の決済を中国の人民元で行うことも求めているようだ。そうした中、イエメンのアンサール・アッラー(フーシ派)はイランとアメリカ/イスラエルとの戦争に参戦すると3月28日に発表した。この勢力はイスラエルによるガザ住民の虐殺を止めるため、イスラエルを攻撃していた。ガザでの虐殺を傍観している他のイスラム諸国とは違う。アンサール・アッラーはバブ・エル・マンデブ海峡の船舶通過を制限することになりそうだ。つまり紅海からスエズ運河を抜けて地中海へ向かうことができなくなる。
▽ ヒズボラが攻撃開始
レバノンでは壊滅したとされていたヒズボラがイスラエルに対する攻撃を開始した。イスラエル軍はレバノンへ地上部隊を侵攻させたのだが、ヒズボラ側はイスラエルのメルカバ戦車や装甲兵員輸送車を75両から100両、破壊したと主張している。
■ アメリカとイスラエルは追い詰められている
アメリカとイスラエルは追い詰められている。タッカー・カールソンとのインタビューではクネセト(イスラエル議会)で議長を務めた経験のあるアブラハム・ブルグは、イスラエルが1967年以降、いわゆる「第三神殿」を建設してメシアを呼び戻すため、アル・アクサ・モスクと岩のドームの破壊を5回以上試みたと話している。こうした側面からもイスラエルやアメリカが核兵器を使う可能性はある。
✔ 第三神殿
ユダヤ教徒の中には、キリスト教徒を利用してエルサレムをイスラム教徒から奪還し、メシア到来を予言する政権を樹立すると構想している人がいる。その起源と言われているのはギヨーム・ポステル。16世紀の人だ。そのほかカバラ主義者のダビド・ルベニとソロモン・モルチョがいる。ポステルは世俗の権力が第三神殿を建設することを望んでいた。プロテスタントの一派は新約聖書の最後の部分、「ヨハネの黙示録」を重要視するのだが、黙示録にはふたりの人物、つまり原著者と編集者によって書かれた文章が混在。ギリシャ語の能力が全く違い、思想も正反対であることから容易に区別できる。原著者は初歩的な文法についてしっかりしているのに対し、編集者の語学力は低く、知っている単語や表現をまるで無秩序に並べ立てるだけだというのだ。(田川健三訳著『新約聖書 訳と註 第七巻』作品社、2017年)
後から書き込んだ人物は狂信的なユダヤ民族主義者で、ユダヤ民族以外はすべて殺しつくされるべしだと繰り返す。世界中の異邦人が滅ぼしつくされ、殺しつくされ、ユダヤ人、あるいはユダヤ主義キリスト信者のみ救われることを願っている。キリスト教徒に大きな影響を及ぼしているのは後から書き込まれた部分だ。エルサレムには、キリストが十字架上で亡くなり、復活した場所に建つ最も神聖な聖墳墓教会、イスラム教徒にとって重要なアル・アクサ・モスクもあるが、現在ユダヤ教徒が支配、教会やモスクは閉鎖されている。
✔ シオニズム
16世紀にはイギリスでシオニズムが現れた。海賊行為で富を蓄積していたエリザベス1世の時代(1593年から1603年)、イングランドに出現した「ブリティッシュ・イスラエル主義」だ。イングランドの支配層の間で、アングロ-サクソン-ケルトは「イスラエルの失われた十支族」であり、自分たちこそがダビデ王の末裔だとする信じ、人類が死滅する最後の数日間にすべてを包括する大英帝国が世界を支配すると予言されているという妄想が広まったのだ。イギリスや西側世界にシオニズムを広めた人物としてブリティッシュ外国聖書協会の第3代会長を務めた反カトリック派のアントニー・アシュリー-クーパー(シャフツバリー伯爵)が知られているが、17世紀初頭にイギリス王として君臨したジェームズ1世も自分を「イスラエルの王」だと信じていたという。その息子であるチャールズ1世はピューリタン革命で処刑されたが、その革命で中心的な役割を果たしたオリヴァー・クロムウェルをはじめとするピューリタンも「イスラエルの失われた十支族」話を信じていたとされている。クルムウェルはユダヤ人をイングランドへ入れることを許可したが、稼ぎ方を海賊行為から商取引へ切り替えるためだったとされている。ユダヤ人は商取引や金貸しに長けていた。エリザベス1世が統治していた時代、イングランドはアイルランドを軍事侵略、先住民を追放し、イングランドやスコットランドから入植者をアイルランドのアルスター地方へ移住させた。好ましくないと判断した人びとを排除し、好ましいと考える人びとを移住させたわけだが、その後、そうした手法を彼らは繰り返す。ピューリタン革命の時代にもアイルランドで先住民を虐殺している。クロムウェルは革命で仲間だったはずの水平派を弾圧した後にアイルランドへ軍事侵攻して住民を虐殺したのだ。
侵攻前の1641年には147万人だったアイルランドの人口は侵攻後の52年に62万人へ減少。50万人以上が殺され、残りは「年季奉公」や「召使い」、事実上の奴隷としてアメリカなどに売られたと言われている。ダブリン出身でプリマス・ブレザレンを創設したジョン・ネルソン・ダービー牧師は1830年代から宗教活動を始めたが、彼はキリストの千年王国がすべての文明を一掃し、救われるのは選ばれた少数のグループだけだと考えていた。
19世紀のイギリス政界では反ロシアで有名なヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)が大きな影響力を持っていた。彼は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任した後、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで首相を務めている。ビクトリア女王にアヘン戦争を指示したのもパーマストン卿だ。
このように始まったシオニズムは19世紀に帝国主義と一体化し、パレスチナ侵略が具体化してくる。イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設し、その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査、イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収。そして1917年11月、アーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ書簡を出してイスラエル建国への道を切り開く。いわゆる「バルフォア宣言」だ。シオニズムと帝国主義によってイギリスは世界を侵略していった。
ピューリタンはアメリカへも渡り、先住民である「アメリカ・インディアン」を大量虐殺し、ヨーロッパ系移民が入れ替わった。同じことを中東でも行おうとしている人がいるように見える。アラブ人やペルシャ人を殲滅し、「大イスラエル」を作ろうとしているように見える。
■  コメント 
4
ウソの部分 
2026年03月30日 18:42
ピューリタンがアメリカに移住する前に、アメリカ・インディアンは大量死していた。つまり、1620年のメイフラワー号のアメリカ到着前(1616〜1619年)、アメリカ・インディアンのアルゴンキン族の90%以上は、アメリカ現地の大疫病で死亡していました。ピューリタン到着後の戦争や強制移住も、アメリカ・インディアンの人口減少に寄与しましたが、全体の9割以上は病気が原因です。ピューリタンが意図的に生物兵器を使用した記録はありません。他の地域・時代では稀に例あり。イギリスでピリタン革命を起こしたピューリタンが、アメリカへ渡って先住民のアメリカ・インディアンを大量虐殺した、という主張は歴史的な事実ではありません。
訴訟すき
2026年03月30日 11:35
イラン戦争の本質は、新イスラエルの建国だと、バルフォア宣言に経緯に遡り英国対ロスチャの関係を説く(ビデオの最初で107)、日本人はシオニズムなどの皮相なイデオロギーに留まり歴史を解明しない(元記事盆暗君は史実を分析しない)。
https://beforeitsnews.com/prophecy/2026/03/sheila-holm-juan-o-savin-michael-jaco-bombshell-3-29-26-shocking-arrests-coming-soon-2593592.html
ピューリタンなど米移住者がインデアンを虐殺したといいうのは、米国独立宣言に英国の教唆であると否認されている、人に濡れ衣を着せるハザール英国の仕業の歴史資料をよく読めよ!第二道立宣言は約10年前に完成して読んだよ!
恐らくチュルク族であろう、チムール(同帝国文盲の勇士の王者)は、ユダヤ教に改宗したトルコ時のハザール首領が一族をひきつれ黒海のオデッサ経由ロシアに侵入したところ、ハザールと戦い、ハザールは降伏し、チムールの徴税代行を買ってでた、ウクライナやロシアのモスクワまで浸透した歴史をソルゼニツインが「200年一緒に」(ユダヤ人と言う意味)で書いた。邦訳はまだない!
だからハザールマフィアは、高市を利用し無知蒙昧な日本人に朝鮮人の統一教会経由支配し楽勝する。
0
大変な世の中になりますね
2026年03月30日 08:44
アメリカとイスラエルが過ちを認め、戦後補償を行えば
早期決着は付くとおもうが、このままだと戦争も復興も
長期化して世界はコロナパンデミック以上の混乱に陥る事でしょう!!
たつき諒の2匹の竜とは、アメリカ と イスラエル
爆発(噴火)とは 核戦争
大津波とは 石油危機
世界滅亡 世界経済の崩壊
私が見た未来の内容は忘れましたが、こじつけは出来そうな状況になりましたね
0
2026年03月30日 08:01
キーワードはテュルク系民族。朝鮮の新羅を経由して日本人の中にも。オックスフォードセイヌ博士「日本人の中に間違いなくスキタイ人がいる」。凶暴残忍で狡知狡猾な彼らが世界中にネットワークを張り、世界を人間牧場に変えようとしている。
ハザール湯田屋はじめ今話題のイランの中にもテュルク系アゼリー人が。
   
櫻井ジャーナル
https://note.com/light_coot554/n/n096e20b374ee
   
   
   
   
   
   
   

Vernon Coleman: 石油戦争

Vernon Coleman: 石油戦争 
2026/03/18 20:36
Oil Wars Dr Vernon Coleman
https://www.vernoncoleman.com/oilwars.htm 
注: 以下のエッセイは、2007 年に初めて出版されたヴァーノン・コールマンの著書『石油の黙示録』に基づいています。この本の最新版は現在、『気候変動よりも大きな問題: 石油の終焉』というタイトルで入手可能です。石油供給の確保は、20 世紀の多くの戦争において重要な要素であった。それは確かに、アメリカの最近の違法な戦争の主な要因であった。 (もちろん、ベネズエラの獲得は実際には戦争ではなかったが、合法とは言えなかった。) テロとの戦争は、容認できない行為の都合の良い、公に受け入れられる言い訳にすぎなかった。
ルートヴィヒ・ボルツマン[Ludwig Boltzman]は 1886 年に、「生命コンテストは主に利用可能なエネルギーをめぐるコンテストである」と書いている。もちろん、石油をめぐる争いは新しいことではない。アメリカは、新たな同盟国と新たな敵の両方が戦いでかなり疲弊した後に初めて第一次世界大戦に(イギリスとフランスの側で)参戦した。戦争に参加することに同意すると、アメリカは戦争が終わったらアメリカの経済的、政治的目標を考慮するという要求を含む条件を課した。それらの目的の1つは、新しい原材料、特に石油の供給源へのアクセスであった。
▼ 1919年
1919年2月、英国の有力高官アーサー・ヒルツェル卿[Sir Arthur Hirtzel]は、「スタンダード・オイル・カンパニーがイラクを占領することに非常に熱心であることを心に留めておくべきだ」と警告した。
それは1919年のことであった。アメリカは、自国の石油会社がファイサル国王(イギリスがイラクで王位に就かせた君主)の新しい傀儡君主国と自由に交渉できるよう要求した。そしてイラクの石油は同盟国間で分配された。石油の5パーセントは、協定の交渉を手伝ったグルベンキアン(「ミスター5パーセント」として知られる)と呼ばれる石油王に渡った。残りの95%は、イギリス、フランス、オランダ、アメリカ合衆国の間で4つの方法で分割された。現在ブリティッシュ・ペトロリアム、シェル、モービル、エクソンとして知られる企業が、入手可能な石油をほぼ独占していた。イラクの石油は、イラクで革命が起こった1958年までこの方法で分割されていた。「石油は文字通り、何十年にもわたって(アメリカの)外交・安全保障政策を決めてきた」と、アメリカ・エネルギー長官のビル・リチャードソン[Bill Richardson]は1999年に語った。「今世紀に入ってから、第一次世界大戦後、中東の分裂を引き起こしました。ドイツと日本を刺激して国境を越えて触手を伸ばした。アラブ石油禁輸措置。イラン対イラク。湾岸戦争。これはすべて明らかです。」
この地域におけるアメリカの影響力は、1930年代にアル・サウード家とアメリカ合衆国がサウジアラビアをほぼアメリカの植民地として建国したときに封印された。首都リヤドのアメリカ大使館が地元の石油会社の建物内にあったのは偶然ではなかった。
しかし、アメリカ人は中東の石油の分け前に満足していなかった。彼らはコントロールを望んでいたのである。彼らはイギリス人を排除しなければならなかった。そして彼らにチャンスが訪れたのは第二次世界大戦であった。アメリカ人は絶えず自分たちを英国の救世主であると主張している。これは悪質な虚偽表示だ。第一次世界大戦の時と同様、アメリカは容赦なく日和見主義だった。
▼ 1944年
イギリスは第二次世界大戦によって大きく弱体化したが、1940年代初頭に起こったことの結果としてアメリカは飛躍的に力を増した。ルーズベルト政権とトルーマン政権(銀行と石油利権が支配していた)は、米国が確実に頂点に立つために世界を再構築することを決定した。彼らは世界の石油の支配を望んでいた。彼らは米国主導のグローバリゼーションを望んでいた(その目的のために1944年に国際通貨基金と世界銀行を設立した)。彼らはドルが唯一の重要な世界通貨になることを望んでいた。そして彼らは、米国があらゆる種類の兵器において軍事的優位性を持つことを望んでいた。
ウィンストン・チャーチル[Winston Churchill]は、目に見える事態に非常に心配し、1944年3月4日(ノルマンディー上陸作戦の3か月前)、イギリスの石油権益を乗っ取ろうとしないという保証をアメリカに求めた。
彼はルーズベルト米国大統領に次のように書いた書簡を送った。「お返しとして、私たちはサウジアラビアにおけるあなたの利益や財産に狙いを定めようとする考えはまったくないことを最大限の保証をさせていただきます。これに関する私の立場は、他のすべての問題と同様に、イギリスはこの戦争の結果として、領土であろうとなかろうと、いかなる利益も求めていないということです。その一方で、それは大義のために最善の奉仕をした後、少なくともあなたの謙虚な召使いが事務の遂行を任されている限り、それに正当に属するものを剥奪されることはありません。」悲しいことに、チャーチルですらイギリスを新たな「敵」から救うためにできることは何もなかった。
 ▼ 1945年
アメリカ人はすでにサウジアラビアと新たな「特別な関係」を獲得していた。彼らは1945年にこれを取り決めた。それ以来、サウジはアメリカ人に有利になるように(石油供給を放出または差し控えることによって)世界の石油価格をコントロールし、(他の産油国がアメリカを弱体化させるために通貨を変更したいときに)ドルで石油を売り続けて、アメリカ人を助けてきた。アメリカ人は、武器を提供し、(サウジ国民の願いに反して)支配的なサウジ王族を王位に留まらせることを支援することで、サウジを支援してきた。
▼ 1953年
1953年、CIAクーデターによりシャーが権力を掌握し、イランはアメリカ合衆国に与えられた。 (アメリカ人はまた、シャーが大嫌いな秘密警察の設立を支援した。) そしてその後数年以内に、イラクはアメリカとイギリスによって共同支配された。
▼ 1955年
1955年にアメリカは、中東におけるアラブ解放運動の勃興に少なくとも部分的に反対することを目的としたバグダッド協定を設立した。イギリスとイラクも署名国ではあったが、イラクは名目上のみ独立していた。英国は腐敗した君主制に支配されていたイラクに依然として軍用飛行場を持っていた。イラク国民は、世界の膨大な量の石油を足元に抱えているにもかかわらず、依然として飢え、極度の貧困の中で暮らしていた。
▼ 1958年
イラクでは1958年に事態が一変した。軍事反乱により革命が引き起こされ、世界に劇的な結果をもたらすことになった。革命が始まった翌日、アメリカ軍は2万人の海兵隊員をレバノンに投入し、6千人以上のイギリス空挺部隊をヨルダンに降下させた。アイゼンハワー[Eisenhower]の指導の下、アメリカとイギリスはレバノンとヨルダンにおける自国の利益を守るために戦争をすることを明らかにしていた。
イギリス人は、かなり素朴に、自分たちは単にイラク国外での利益を守っているだけだと考えていた。アメリカ人はもっと大きな考えを持っていた。彼らはイラクに進出して革命を転覆し、バグダッドに新しい傀儡政権(もちろん米国に友好的な)を設置したいと考えていた。しかしアメリカ人は止められた。イラク革命は大きすぎた。そして他のアラブ諸国、中華人民共和国、ソ連からの支援が多すぎた。アメリカ人は帝国主義者の計画を不機嫌に諦めた。しかし、彼らは永久に諦めたわけではなかった。アメリカ人は増え続けるテロ国家リストにイラクを加え、イラク政府と戦っている右翼クルド人分子に多大な支援を与えた。
▼ 1977年
そして1970年代後半、アメリカ人は共産主義との戦いでサダム・フセイン[Saddam Hussein]政権を支持した。 
▼ 1982年
1980年代、アメリカ人は、1979年のイランイスラム革命でアメリカが支配力を失ったイランに対する8年間の戦争で、サダム・フセインのイラクを(資金と武器で)支援した。アメリカ人は、この地域の石油へのアクセスを守るために自分たちが介入していることを公然と認め、イラクとイランがお互いを弱体化させてアメリカが乗っ取れるようにすることを、あまり公然とは望んでいなかった。ヘンリー・キッシンジャー[Henry Kissinger]元国務長官は「彼らが殺し合えばいい」と発言したと言われている。アメリカはイラク空軍にイランの標的の衛星写真を提供し、イランがイラクが送った航空機を撃墜できるように対空ミサイルをイランに送った。アメリカはこの戦争で両側で戦っており、サダム・フセインが化学兵器を使用していることをよく知っていた。 100万人以上が死亡し、両国はさらに弱体化した。 (奇妙なことに、そして偽善的に、2003年にジョージ・W・ブッシュ[George W.Bush]は、この戦争でのサダム・フセインの化学兵器使用がイラク攻撃の主な理由の一つであると主張した。) アメリカがイランにミサイルを売って得た金は、ニカラグアで社会主義政府と戦っているコントラの資金調達に使われた。当時のアメリカ大統領レーガン[Reagan]は社会主義政権を支持せず、特に社会主義政権を排除したいと考えていた。 (そのような深い感情を彼の顧問ではなく、レーガン自身に帰するのはおそらく不公平である。)イラクとイランの間の戦争は1988年まで終わらなかったが、その頃にはイラクはソ連と友好関係を築いていた。
▼ 1990年
しかしその後、ソ連は冷戦の終結とアメリカとの恒久的な緊張緩和を望んでいたゴルバチョフ[Gorbachev]によって乗っ取られた。ゴルバチョフは(東ヨーロッパ諸国から撤退したのと同じように)イラクからのソ連支援を撤回し、世界は再び突然変わった。
イランとの戦争後、サダム・フセインは巨額の負債を抱えていた。石油価格の安さは、彼の収入が国家支出と一致しないことを意味した。イラク大統領は、クウェートがイラク領土内で石油掘削を行っていると非難し、その後、クウェートは全く別の国ではなく、イラクの一州であると発表した。 1990年にイラク軍がクウェートに侵攻した。アメリカが(国際軍とともに)攻撃し、その結果生じた戦争は数週間で終わり、1991年にアメリカ人はイラクに戻った。その後の10年間、彼らはイラク国民を弱体化させ、精神を破壊するために制裁、爆撃、封鎖を行った。アメリカの対イラク制裁はサダム・フセインをターゲットにしたものではなく、イラク国民をターゲットにしたものだった。アメリカ人が湾岸戦争でイラクを攻撃したとき、彼らは意図的にイラクの給水施設を爆撃した。
▼ 1999年
そして、戦争が「終わった」後、米国は新しい浄水システムがイラクに輸入されないようにするのに協力した。その結果、何千人もの罪のないイラク人(幼い子供を含む)が死亡した。国連は、イラクに対する制裁の直接の結果として100万人以上の国民が死亡し、これらの死亡の主な原因は汚水であると推定している。 1999年に行われたユニセフの調査では、米国主導のイラク制裁により5歳未満の子供50万人が死亡したことが示された。
アメリカ国防総省は、健康と福祉に不可欠な民間インフラの破壊がジュネーブ条約に直接違反しているという事実にもかかわらず、イラクの水供給の破壊を認識し、監視していた。アメリカ政府は、浄化されていない水では細菌が発生し、伝染病が発生し、安全な医薬品の製造が損なわれ、食糧供給が影響を受け、その結果、数千人の民間人が死亡するであろうことを知っていた。
インタビュアーがアメリカ国務長官マデリーン・オルブライト[Madeleine Albright]に対し、政府の制裁により50万人の子どもが死亡したという事実について質問したところ、オルブライトは「我々はその代償はそれだけの価値があると考えている」と答えた。
「我々は世界の富の50%を持っているが、人口のわずか6.3%しかない」と、第二次世界大戦後アメリカ国務省の政策計画研究の著者であるジョージ・F・ケナン[George F.Kennan]駐モスクワアメリカ大使は述べた。 「この状況において、これからの私たちの本当の仕事は、この格差を維持できる関係のパターンを考案することである。」 そのためには、私たちはあらゆる感​​情を捨て去らなければならない・・・私たちは人権、生活水準の向上、民主化について考えるのをやめるべきだ。」
 ケナンの論文は、過去半世紀にわたりアメリカ外交政策の青写真となってきた。
続く
    
さてはてメモ帳
http://glassbead.blog.shinobi.jp/wars/oil%20wars1
   
   
   
   
   

Gamenotatsujin: ダニエル書に描かれた終末論






Gamenotatsujin: ダニエル書に描かれた終末論
投稿者:Legacy of Ashesの管理人
投稿日:2021年11月 3日(水)01時45分17秒  
BC500s   
聖書ものがたり~ダニエル書より
https://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/143.html
終わりの時の幻
『紀元前6世紀頃、バビロニア帝国が台頭し、中東一帯に勢力を拡大していた。イスラエルは南北の王朝に分裂しており、北王朝イスラエルはすでにアッシリアに滅ぼされていたが、そのアッシリアを滅ぼしたバビロニアの王ネブカドネザルは、南王朝ユダを滅ぼし、エルサレム神殿の祭具の一部を手に入れ、ユダ王や神殿祭司たちは捕囚民としてバビロニアに連行した。神は、捕囚民の1人だったダニエルに、幻によって「終わりの時」に起こることを示した。またダニエルは、ネブカドネザル王が見た夢を言い当て、その意味を解釈した。そのいきさつは次のとおりである。
「王様、あなたは一つの像を御覧になりました。それは巨大で、異常に輝き、あなたの前に立ち、見るも恐ろしいものでした。それは頭が純金、胸と腕が銀、腹と腿が青銅、すねが鉄、足は一部が鉄、一部が陶土でできていました。見ておられると、1つの石が人手によらずに切り出され、その像の鉄と陶土の足を打ち砕きました。鉄も陶土も、青銅も銀も金も共に砕け、夏の打穀場のもみがらのようになり、風に吹き払われ、跡形もなくなりました。その像を打った石は大きな山となり、全地に広がったのです。これが王様の御覧になった夢です。さて、その解釈をいたしましょう。王様、あなたはすべての王の王です。天の神はあなたに、国と権威と威力と威光を授け、人間も野の獣も空の鳥も、ここに住んでいようとみなあなたの手にゆだね、このすべてを治めさせられました。すなわち、あなたがその金の頭なのです。あなたのあとに他の国が興りますが、これはあなたに劣るもの。その次に興る第3の国は青銅で、全地を支配します。第4の国は鉄のように強い。鉄はすべてを打ち砕きますが、あらゆるものを破壊する鉄のように、この国は破壊を重ねます。足と足指は一部が陶工の用いる陶土、一部が鉄であるのを御覧になりましたが、そのようにこの国は分裂しています。鉄が柔らかい陶土と混じっているのを御覧になったように、この国には鉄の強さもあります。足指は一部が鉄、一部が陶土です。すなわち、この国には強い部分もあれば、もろい部分もあるのです。また、鉄が柔らかい陶土に混じり合っているのを御覧になったように、人々は婚姻によって混じり合います。しかし、鉄が陶土と溶け合うことがないように、ひとつになることはありません。この王たちの時代に、天の神は一つの国を興されます。この国は永遠に滅びることなく、その主権は他の民の手に渡ることなく、すべての国を打ち滅ぼし、永遠に続きます。山から人手によらず切り出された石が、鉄、青銅、陶土、銀、金を打つのを御覧になりましたが、それによって、偉大な神は引き続き起こることを王様にお知らせになったのです。この夢は確かであり、解釈もまちがいございません。」(2章)
この像の解釈は、金の頭がバビロニア、胸と腕が銀というのはメディア・ペルシア、青銅の国はギリシャ、鉄はローマを示している。ダニエルの夢の解釈により、ネブカドネザル王は彼にバビロニア全州を治めさせ、バビロンの知者すべての上に長官として立てたが、ダニエルは友人をバビロン州の行政官に任命してもらい、自らは王宮にとどまった。やがてネブカドネザル王は金の像を造り、すべての人々に、これをひれ伏して拝めと命じた。しかし、ダニエルと友人たちはこの像を拝まなかったため、燃え盛る鉄の炉に放り込まれた。ところが彼らは、神の守護によって燃えなかったので、彼らはバビロン州で高い位につけられた。そして、ネブカドネツァルの子ベルシャツァル王の治世元年に、ダニエルは幻を見る。
「ある夜、わたしは幻を見た。見よ、天の四方から風が起って、大海を波立たせた。すると、その海から4頭の大きな獣が現れた。それぞれ形が異なり、第1のものは獅子のようであったが、鷲の翼が生えていた。見ていると、翼は引き抜かれ、地面から起き上がらされて人間のようにその足で立ち、人間の心が与えられた。第2の獣は熊のようで、横ざまに寝て、3本の肋骨を口にくわえていた。これに向かって、『立て、多くの肉を食らえ』という声がした。次に見えたのはまた別の獣で、豹のようであった。背には鳥の翼が4つあり、頭も4つあって、権力がこの獣に与えられた。この夜の幻で更に続けて見たものは、第4の獣で、ものすごく、恐ろしく、非常に強く、巨大な鉄の歯を持ち、食らい、かみ砕き、残りを足で踏みにじった。他の獣と異なって、これには10本の角があった。その角を眺めていると、もう1本の小さな角が生えてきて、先の角のうち3本はそのために引き抜かれてしまった。この小さな角には人間のように目があり、また、口もあって尊大なことを語っていた。なお見ていると、
王座が据えられ
『日の老いたる者』がそこに座した。
その衣は雪のように白く
その白髪は清らかな羊の毛のようであった。
その王座は燃える炎
その車輪は燃える火
その前から火の川が流れ出ていた。
幾千人が御前に仕え
幾万人が御前に立った。
裁き主は席に着き巻物が繰り広げられた。
さて、その間にもこの角は尊大なことを語り続けていたが、ついにその獣は殺され、死体は破壊されて燃え盛る火に投げ込まれた。他の獣は権力を奪われたが、それぞれの定めの時まで生かしておかれた。
夜の幻をなお見ていると、
見よ、『人の子』のような者が天の雲に乗り
『日の老いたる者』の前に来て、そのもとに進み
権威、威光、王権を受けた。
諸国、諸族、諸言語の民は皆、彼に仕え
彼の支配はとこしえに続き その統治は滅びることがない。
わたしダニエルは大いに憂い、頭に浮かんだこの幻に悩まされた。そこに立っている人の一人に近づいてこれらのことの意味を尋ねると、彼はそれを説明し、解釈してくれた。『これら4頭の大きな獣は、地上起ろうとする4人の王である。しかし、いと高き者の聖者らが王権を受け、王国をとこしえに治めるであろう。』更にわたしは、第4の獣について知りたいと思った。これは他の獣と異なって、非常に恐ろしく、鉄の歯と青銅のつめをもち、食らい、かみくだき、残りを足で踏みにじったものである。その頭には10本の角があり、更に1本の角が生え出たので、10本のうち3本が抜け落ちた。その角には目があり、また、口もあって尊大なことを語った。これは、他の角よりも大きく見えた。見ていると、この角は聖者らと闘って勝ったが、やがて、『日の老いたる者』が進み出て裁きを行い、いと高き者の聖者らが勝ち、時が来て王権を受けたのである。さて、その人はこう言った。
『第4の獣は地上に興る第4の国
これはすべての国に異なり
全地を食らい尽くし、踏みにじり、打ち砕く。
10の角はこの国に立つ10人の王
そのあとにもう1人の王が立つ。
彼は10人の王と異なり、3人の王を倒す。
彼はいと高き方に敵対して語り
いと高き方の聖者らを悩ます。
彼は時と法を変えようとたくらむ。
聖者らは彼の手に渡され
1時期、2時期、半時期がたつ。
やがて裁きの座が開かれ
彼はその権威を奪われ
滅ぼされ、絶やされて終わる。
天下の全王国の王権、権威、支配の力は
いと高き方の聖なる民に与えられ
その国はとこしえに続き
支配者はすべて、彼らに仕え、彼らに従う。』
ここでその言葉は終わった。わたしダニエルは大層恐れ悩み、顔色も変わるほどであった。」(7章)
ダニエルが見たこの幻は、先にネブカドネザル王が見た幻とよく似ているため、一般には同一のことを示していると解釈されている。すなわち、第1の鷲の翼が生えた獅子のような獣=バビロニア、第2の3本の肋骨を口にくわえる熊のような獣=メディア・ペルシア、第3の背に鳥の翼が4つあり頭も4つある豹のような獣=ギリシャ、第4の10本の角を持つ獣=ローマ、という解釈である。そう解釈すれば、その後に覇権を握るのはキリスト教会ということになり、その統治は永遠に続くということになる。
しかしながら、ダニエルが先にネブカドネザル王に解釈したものと同一の幻をみたのであれば、ダニエルが大いに憂い、頭に浮かんだこの幻に悩まされたりするだろうか。大層恐れ悩み、顔色も変わるほどになるだろうか。また、新約聖書には、イエスが最高法院で裁判を受けたとき、祭司長、長老、律法学者たち最高法院の全員に向かって、「あなたたちは、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に囲まれて来るのを見る。」と言ったと記されている。これは、ダニエルのみた幻を引用して自身が何者であるかを語ったものである。であるならば、ダニエルが見たこの幻は、イエス以降のことも語っている幻であり、イエスが十字架後に再び来られる際にかかわるものである。つまり、この幻は、イエスの十字架後から「終わりのとき」に至るまでの間に起こることことを示したものということになる。
そうであるならば、この幻を解明するに当たって重要なことが、ダニエル書10章に記されている。そこには、ペルシアの天使長、ギリシャの天使長、イスラエルの天使長ミカエルが登場する。これらの地の王国にはそれぞれ天使長がついているのである。ダニエルと同時代の預言者エゼキエルの書では、4つの生き物=天使が、車輪の形で地上に興る国々に影響していることが示されており、預言者ゼカリヤの書でも、4つの戦車(それぞれ白い馬、赤い馬、黒い馬、まだらの馬に率いられている)が地上に興る国々に向かって出て行く姿が示されている。ヨハネの黙示録では、この馬が出て行く順番が変わっている。つまり、4つの獣や馬に象徴されているものは、地上に興る4つの大国を示しており、時代によって同じような国の登場が繰り返されたり、あるいは順番を変えて登場したりすることを示している。そうすると、ダニエルが見た獣の幻は、イエスが登場するまでに地に興ったバビロニア・ペルシア・ギリシャ・ローマのような地の支配者が、イエスが再臨される際に再び地の支配者として、順番を代えて登場することを示している。
イエス以前に4匹、イエス以後に4匹であるが、イエス以後の4匹のうち1匹は、ヨハネ黙示録に「かつていたもの」と書かれており、その総数は7つとなる。また、第4の獣ローマに10人の王が立ち、そのあとにもう1人の王が立つ。彼はいと高き方に敵対して語り、いと高き方の聖者らを悩まし、時と法を変えようとたくらみ、聖者らは彼の手に渡され、1時期、2時期、半時期がたった後に、裁きの座が開かれて天下の全王国の王権、権威、支配の力がいと高き方の聖なる民に与えられ、その国はとこしえに続き、支配者はすべて、彼らに仕え、彼らに従う。
「1時期、2時期、半時期」とは、イスラエル暦の1年360日の360年×3・5だと1260年である。ユダヤ暦では1年は354日か355日で閏年が383~385日である(19年に7回、閏年がある)。
さて、ダニエルはベルシャツァル王の治世第3年にも、また幻を見た。
「わたしダニエルは先にも幻を見たが、その後、ベルシャツァル王の治世第3年に、また幻を見た。その幻の中にあって、見るとわたしはエラム州の都スサにおり、ウライ川のほとりにいるようであった。目を上げて眺めると、見よ、1頭の雄羊が川岸に立っていた。2本の角が生えていたが共に長く、1本は他の1本より更に長くて、後ろの方に生えていた。見ていると、この雄羊は西、北、南に向かって突進し、これにかなう獣は1頭もなく、その力から救い出すものもなく、雄羊はほしいままに、また、高慢にふるまい、高ぶった。これについて考えていると、見よ、西から1頭の雄山羊が全地の上を飛ぶような勢いで進んで来た。その額には際立った1本の角が生えていた。この雄山羊は先に見た川岸に立っている2本の角のある雄羊に向かって、激しい勢いで突進した。みるみるうちに雄山羊は雄羊に近づき、怒りに燃えてこれを打ち倒し、その2本の角を折ったが、雄羊には抵抗する力がなかった。雄山羊はこれを地に投げ打ち、踏みにじった。その力から雄羊を救い出すものはなかった。雄山羊は非常に尊大になったが、極みで角は折れ、その代わりに4本の際立った角が生えて天の四方に向かった。そのうちの1本からもう1本の小さな角が生え出て、非常に強大になり、南へ、東へ、更にあの『麗しの地』へと力を伸ばした。これは天の万軍に及ぶまで力を伸ばし、その万軍、つまり星のうちの幾つかを地に投げ落とし、踏みにじった。その上、天の万軍の長にまで力を伸ばし、日ごとの供え物を廃し、その聖所を倒した。また、天の万軍を供え物と共に打ち倒して罪をはびこらせ、真理を地になげうち、思うままにふるまった。わたしは1人の聖なる者が語るのを聞いた。またもう1人の聖なる者がその語っている者に言った。『この幻、すなわち、日ごとの供え物が廃され、罪が荒廃をもたらし、聖所と万軍とが踏みにじられるというこの幻の出来事は、いつまで続くのか。』彼は続けた。『日が暮れ、夜の明けること2300回に及んで、聖所はあるべき状態に戻る。』
わたしダニエルは、この幻を見ながら、意味を知りたいと願っていた。その時、見よ、わたしに向かって勇士のような姿が現れた。すると、ウライ川から人の声がしてこう言った。『ガブリエル、幻をこの人に説明せよ。』彼がわたしの立っている所に近づいて来たので、わたしは恐れてひれ伏した。彼はわたしに言った。『人の子よ、この幻は終わりの時に関するものだということを悟りなさい。』彼がこう話している間に、わたしは気を失って地に倒れたが、彼はわたしを捕らえて立ち上がらせ、こう言った。『見よ、この怒りの時の終わりに何が起こるかをお前に示そう。定められた時には終わりがある。お前の見た2本の角のある雄羊はメディアとペルシャの王である。また、あの毛深い雄山羊はギリシアの王である。その額の大きな角は第1の王だ。その角が折れて代わりに4本の角が生えたが、それはこの国から、それほど力を持たない4つの国が立つということである。
4つの国の終わりに、その罪悪の極みとして
高慢で狡猾な一人の王が起こる。
自力によらずに強大になり
驚くべき破壊を行い、ほしいままにふるまい
力ある者、聖なる民を滅ぼす。
才知にたけ
その手にかかればどんな悪だくみも成功し
驕り高ぶり、平然として多くの人を滅ぼす。
ついに最も大いなる君に敵対し
人の手によらずに滅ぼされる。
この夜と朝の幻について
わたしの言うことは真実だ。
しかし、お前は見たことを秘密にしておきなさい。まだその日は遠い。』
わたしダニエルは疲れ果てて、何日か病気になっていた。その後、起きて 宮廷の務めに戻った。しかし、この幻にぼう然となり、理解できずにいた。」(8章)
この幻は、かつてのペルシアとギリシャの戦いとその後に登場するローマを示している。バビロニア帝国は徐々に衰退し、ペルシアのキュロス王は前549年にメディアを、ついでリディアを征服し、前539年にバビロンに迫り、前538年には旧バビロニアのほぼ全域を支配下に治め、西方アジア全域の支配者になった。キュロスは、アッシリアやバビロニアと違って支配国に対しては寛容政策をとり、前583年に全捕囚民の解放と帰還許可を公布した。キュロスによる解放は、そのはるか昔にイザヤによって預言されていた。また、預言者ハガイ、預言者ゼカリヤらの預言に基づいて、ダビデ王国に属する総督ゼルバベル、祭司ヨシュアを指導者とするユダヤ人がエルサレムに帰還した。故国の荒廃は予想以上にひどく、異教の影響を強く受けていた現地の民衆は彼らを歓迎しなかった。かつてのユダ王国はサマリヤの総督の支配下にあり、彼らは神殿の再建を喜ばず、そのため着工もできなかった。しかし、預言者ハガイとゼカリヤの励ましにより前516年、何とか神殿の基礎を再建した。この再建運動は独立運動を伴っていたが、ゼカリヤ書によると、未遂か失敗に終わったようである。彼らは、ペルシアからの独立よりも、捕囚期間中に勝手に移住してきた異教徒やサマリヤに対処しなければならなかった。また、捕囚地からすべての人が帰国したわけではなかった。その地に定着して経済的に成功した者は帰還を望まなかったし、独立を求めて東の地へ移住していった民もいた。
この頃、聖書の新しい編纂がなされた。その完成したものが現在の5書(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)で、これを捕囚の地から持ち帰ったのがエズラとネヘミヤである。ネヘミヤがアルタクセルクセス1世(ダレイオス)の好意でペルシア政府任命の知事としてエルサレムに帰還し、持ち帰った五書を公布し、民衆はこれを受諾することを誓約した。ちなみに、捕囚期以前の「律法」は、現代の「申命記」の12章~26章までと、28章で、学者はこの部分を「原申命記」と呼ぶ。その他の部分は捕囚時代に付加された。ヨシヤ王の時代に祭司ヒルキヤが神殿で見つけた書物も、この「原申命記」であるとされる。
ネヘミヤやエズラが預言者と共にサマリヤ人の妨害を排除して、苦難のうちに城壁を修復して都を整備したのが、前445年とされる。捕囚時代に終止符を打ち、再建への第一歩を踏み出したのはこのときであろう。しかし、その準備は捕囚の民によってなされていたのである。その準備に最も尽力したのは預言者エレミヤであった。「お前たちは(捕囚の地で)家を建ててそれに住み、畑を作ってその産物を食べよ。」(29・5)とのエレミヤの預言に従い、主の民は捕囚地で埋没してしまうことなく(他国から捕囚されてきた民のほとんどは埋没してしまった)、むしろ捕囚地で商業力をつけ、現代の財閥のような力をつけていった。そのため彼らはペルシア帝国にとって、決して小さな存在ではなかったのである。そして主の民は、エレミヤやイザヤの預言によって、神殿と国の再建に強い希望を抱いていたのである。神の預言はその後も、エゼキエル、ダニエル、ハガイ、ゼカリヤへと引き継がれていき、神は捕囚の地にある主の民に希望と進むべき道を示し続けたのである。
やがて、マケドニア(ギリシャ)のアレキサンダー王がキッテム(キプロス)から兵を挙げ、ペルシアとメディアの王ダレイオスを粉砕し、ヨーロッパからアジアに及ぶ覇権を確立する。そしてアレキサンダー王は、紀元前333にエルサレムを踏みにじった。
しかし紀元前323年に彼が倒れると、彼の4人の武将たちが分割統治するようになった。その中から、紀元前301年にエジプトのプトレマイオス朝がパレスチナを支配する。その後、紀元前198年には、パレスチナはシリアに支配される。その間、パレスチナの民たちは苦難の中でエルサレムの町と神殿を再建する。しかし紀元前175年頃に、シリア地方を支配していたアンティオコス・エピファネスが、ようやく再建されたエルサレムを略奪した。ユダヤではアロンの後継である正当な大祭司オニア3世がエルサレム神殿を守っていたが、その弟ヤソンとヘレニズム派がシリア王アンティオコスに賄賂(わいろ)を送り、卑劣なやり方で大祭司職を奪い、ユダヤにギリシャ文化を取り入れた。しかし、そのヤソンも、神殿総務長シモンの兄弟メネラオスがヤソンより多い賄賂をアンティオコスに贈って大祭司職を金銭で買って、亡命を余儀なくされる。メネラオスは前大祭司オニア3世を謀殺し、ここにアロンの後継でない大祭司が立つのである。その後、ヤソンとメネラオスの争いが起こるが結局、アンティオコスとメネラオスが勝利し、神殿は「ゼウス・オリュンポスの宮」となり、祭壇にはゼウス像が建てられるのである。紀元前167年のことであった。エルサレム神殿に異教の祭壇を 築き、「憎むべき破壊者」の偶像を建てた。これにより、日ごとの供え物は廃され、聖所は倒された。多くの民が律法を捨てて支配者に追従したが、マタティアやマカバイらが神殿を奪還する。やがて、ローマが覇権を掌握し、ギリシャによる分割統治時代は終わりを告げた。その後、イエスが到来するのである。
先の幻で、 『この幻、すなわち、日ごとの供え物が廃され、罪が荒廃をもたらし、聖所と万軍とが踏みにじられるというこの幻の出来事は、いつまで続くのか。』彼は続けた。『日が暮れ、夜の明けること2300回に及んで、聖所はあるべき状態に戻る。』とある。聖書による「神の1日は人間の1年」から、日が暮れ、夜の明けること2300回、すなわち2300日はイスラエル暦2300年と換算できる。2300年の起算となるのは、「雄山羊(ギリシャ)はこれを地に投げ打ち、踏みにじった。その力から雄羊(ペルシャ)を救い出すものはなかった。雄山羊は非常に尊大になったが、極みで角は折れ、その代わりに4本の際立った角が生えて天の四方に向かった。そのうちの1本からもう1本の小さな角が生え出て、非常に強大になり、南へ、東へ、更にあの『麗しの地』へと力を伸ばした。これは天の万軍に及ぶまで力を伸ばし、その万軍、つまり星のうちの幾つかを地に投げ落とし、踏みにじった。その上、天の万軍の長にまで力を伸ばし、日ごとの供え物を廃し、その聖所を倒した。」とある、そのときである。アンティオコス・エピファネスがエルサレムを略奪した紀元前175年頃からイスラエル暦で2300年後に聖所があるべき状態に戻るとすれば、それまでの間、聖所はあるべき状態ではなく、「終わりの時」は聖所があるべき状態に戻る前に来る。ガブリエルによると「この幻は終わりの時に関するもの」だからである。「終わりの時」とは、サタンが支配する世が終わることであり、そのときは「聖所があるべき状態に戻るとき」よりも前に訪れる。
「終わりの時」の様子は、『ヨハネ黙示録』に記されているが、2匹の獣が登場してから、その「終わりの時」を迎える。「時を経た蛇」である竜から42ケ月のあいだ活動する権威を与えられた「海の中から上ってくる獣」と、小羊の角に似た2本の角があって、竜のようにものを言う「地中から上ってくる獣」が、その2匹の獣である(ヨハネ黙13章)。そして獣の上には「大淫婦バビロン」がまたがっている。これについて更に詳しく解明するために、ダニエル書には、もう一つ重要な幻が記述されている。ダニエルは、ベルシャツァル王の治世の時、ベルシャツァル王が見た「壁に字を書く指の幻」の解き明かしたことにより、王国を治める者のうち第3の位を与えられていた。その後、王国を継いだのは、メディア人ダレイオス(アルタクセルクセス)であった。ダレイオス王はダニエルに王国全体を納めさせようとしたが、それを妬んだ大臣や総督はダニエルを陥れようとし、ダニエルはライオンの洞窟に投げ込まれることになった。しかしダニエルは何の害も受けず、ダニエルを陥れようとした者たちが代わってライオンの洞窟に投げ込まれ、彼らはライオンに骨までかみ砕かれた。そのダレイオス王の治世第1年のこと、ダニエルは断食し、主なる神に祈り、罪を告白し、神の聖なる山について、主なる神に嘆願し続けていた。そのとき、ガブリエルが飛んで来て近づき、ダニエルに触れ、こう言った。
「ダニエルよ、お前を目覚めさせるために来た。お前が嘆き祈り始めた時、御言葉が出されたので、それを告げに来た。お前は愛されている者なのだ。この御言葉を悟り、この幻を理解せよ。
お前の民と聖なる都に対して
 70週が定められている。
 それが過ぎると逆らいは終わり
 罪は封じられ、不義は償われる。
 とこしえの正義が到来し
 幻と預言は封じられ
 最も聖なる者に油が注がれる。
 これを知り、目覚めよ。
 エルサレム復興と再建についての
 御言葉が出されてから
 油注がれた君の到来まで
 7週あり、また、62週あって
 危機のうちに広場と堀は再建される。
 その62週のあと油注がれた者は
 不当に断たれ
 都と聖所は
 次に来る指導者の民によって荒らされる。
 その終わりには洪水があり
 終わりまで戦いが続き
 荒廃は避けられない。
 彼は1週の間、多くの者と同盟を固め
 半週でいけにえと献げ物を廃止する。
 憎むべきものの翼の上に荒廃をもたらすものが座す。そしてついに、定められた破滅が荒廃の上に注がれる。」(9章)
「1年は1日」に換算すると、70週はイスラエル歴490年となる。聖書では、神が6日間で創造の業を終えられ、7日目に安息したことにより、7日目を安息日として聖別して、これを守る。また、7年目は安息年とされて種まき・刈り入れを休み、前年に収穫したもので食糧をまかなった。さらに7年を7度重ねる49年目を大安息年とし、その翌年の50年目を「大ヨベル(解放)の年」とし、借財や奴隷は解放された。70週は、大ヨベル(49年)×10である。
「エルサレム復興と再建についての御言葉」は、預言者ハガイの書や預言者ゼカリヤの書に記されている。「ハガイ書」には、ダレイオス王の第2年6月と7月に主の言葉が臨んだと記されているから、「エルサレム復興と再建についての御言葉が出され」たのは、紀元前520年である。その7週後は、ネヘミヤやエズラが預言者と共に危機のうちに神殿の広場の堀の再建に着工している(完成したのが紀元前445年)。そして「ゼカリヤ書」にはこう書かれている。
「主の言葉がわたしに臨んだ。『帰還した捕囚の中から、ヘルダイ、トビヤ、エダヤの家族から、贈り物を受取りなさい。あなたはその日のうちに、ツェファンヤの子ヨシヤの家に入りなさい。彼らはバビロンから帰ったばかりである。銀と金を受け取り、冠をつくり、それをヨツァダクの子、大祭司ヨシュアの頭に載せて、宣言しなさい。万軍の主はこう言われる。見よ、これが“若枝”という名の人である。その足もとから若枝が萌えいでる。彼は主の神殿を建て直す。彼こそ主の神殿を建て直し威光をまとい、王座に座して治める。その王座の傍らに祭司がいて平和の計画が2人の間に生ずる。冠はヘレム、トビヤ、エダヤ、およびツェファンヤの子の好意を記念するものとして、主の神殿に置かれる。遠方からも人々が来て、主の神殿の建築に携わる。』」(6章)
この幻に登場する大祭司ヨシュアは、来るべき若枝、すなわち古くから預言者によって言われてきた「ダビデの若枝」=救い主の予型として戴冠しているのである。この幻のとおりに神殿は再建されたが、その後、シリアのアンティオコス・エピファネスに略奪される。そして、その時からさらに62週=434年後は、ユダヤ歴1年360日を西暦1年365日に換算すると428年後となり、紀元26年である。主イエス誕生の正しい年が紀元前4年ならば、紀元26年は主イエス30歳の年で、この年はイエスが洗礼ヨハネから洗礼を受けた年に当たる。だとすれば、それは単なる水の洗礼を意味していたのではなく、洗礼ヨハネが主イエスに戴冠した年なのである。あの7週の後に大祭司ヨシュアに戴冠した(油を注いだ)のと同じことが、聖霊による戴冠というかたちで、62週後に成された(油注がれた)。油注ぎとは本来、神の霊が注がれることであり、神による戴冠である(サムエル記、他)。
救世主たる主イエスが来られる前、神殿は危機のうちに46年かけて再建されていた。そしてイエスは「不当に断たれ、その70年後に、都と聖所はローマによって荒らされた。このローマはやがてキリスト教を公認し、ローマ教皇が統治するようになるが、ダニエル書には「その終わりには洪水があり、終わりまで戦いが続き、荒廃は避けられない。」と記されている。そして「彼は1週の間、多くの者と同盟を固め、半週でいけにえと献げ物を廃止する。憎むべきものの翼の上に荒廃をもたらすものが座す。そしてついに、定められた破滅が荒廃の上に注がれる。」との記述が続くわけだが、70週のうち7週と62週を過ぎると残るは1週=7年である。キリスト教会は、ここに登場する「彼」が油注がれた者のことで、イエスが7年間で多くの者と同盟を固め、そのうちの3年半でいけにえと献げ物を廃止したのだと解釈する。しかし、だとしたら、どうしてその後に「憎むべきものの翼の上に荒廃をもたらすものが座す。そしてついに、定められた破滅が荒廃の上に注がれる。」という言葉が続いているのであろうか。また、主イエスは決して多くの者と同盟を結んだとは言えないし、同盟という言い方もおかしい。「彼」がイエスなら、同盟ではなく「契約」とすべきである(神は聖書の中で「同盟」を忌み嫌っておられる)。この「彼」は明らかに、「次に来る指導者」を指しており、その次に来る指導者が都と聖所を荒らしたのであり、だからこそ、その終わりには洪水があり、終わりまで戦いが続き、荒廃は避けられないのであり、「彼」こそが1週=7年の間、多くの者と同盟を固め、半週=3年半でいけにえと献げ物を廃止したのであり、「彼」こそが「憎むべきものの翼の上に荒廃をもたらすもの」であり、「彼」が座すことによって、ついに定められた破滅が荒廃の上に注がれるのである。
では、イエスの十字架後に登場した「次に来る指導者」とは誰か。「次に来る指導者の民」とはいかなる集団なのか。彼らが神の都と聖所を荒らした張本人である。 彼らによって、その終わりには洪水があり、終わりまで戦いが続き、荒廃は避けられない。そして「彼」は多くの者と同盟を固め、 いけにえと献げ物を廃止した者である。そして、憎むべきものの翼の上に荒廃をもたらすものが座す。これを解明する重要なヒントが、ダニエル書の最後に記されている。
「終わりの時までこれらの事は秘められ、封じられている。多くの者は清められ、白くされ、練られる。逆らう者はなお逆らう。逆らう者はだれも悟らないが、目覚めた人々は悟る。日ごとの供え物が廃止され、憎むべき荒廃をもたらすものが立てられてから、1290日が定められている。待ち望んで1335日に至る者は、まことに幸いである。」(ダニエル12章)
先の幻の解釈、つまり「 『この幻、すなわち、日ごとの供え物が廃され、罪が荒廃をもたらし、聖所と万軍とが踏みにじられるというこの幻の出来事は、いつまで続くのか。』彼は続けた。『日が暮れ、夜の明けること2300回に及んで、聖所はあるべき状態に戻る。』」との幻の解釈では、聖所はまずギリシャから4国に分裂した国の1つによって、日ごとの供え物が廃され、罪が荒廃をもたらし、聖所と万軍とが踏みにじられた。そして、その後に主イエスが登場した。天の聖所は、主イエスの十字架後に登場する「次に来る指導者」=いけにえと献げ物を廃止した者の民によって再び荒らされるのである。
主イエスの十字架後に登場した「次に来る指導者」とその民は、いけにえと献げ物を廃止した。主イエスと12使徒は、イエス生前から律法を守り、イエスはエルサレム神殿を「父の家」と呼んで参詣していた。イエス十字架後も、12使徒は律法を守り、エルサレム神殿に参詣しているので、彼らは日ごとの供え物を廃していない。しかし、パウロは律法を捨て、日ごとの供え物を廃し、異教ローマの習慣に迎合した。そして、ローマ教会はそのパウロに習った。そして、12使徒の教会はローマによって滅ぼされ、異教ローマと迎合したローマ教会が、カトリック教会となり、カトリック教会はやがてローマの国教となり、紀元後700年代には教会に偶像を建て始めた。神の像を刻んでそれを礼拝することは偶像崇拝としてユダヤ教でもキリスト教でも伝統的に禁じられてきたが、会堂の建設等と共にイエスやマリアの像を掲げ、それを礼拝するようになったのである。彼らはエルサレムにも教会を設け、偶像を建てた。それに対してユダヤ教徒やイスラム教徒から偶像崇拝だとの批難が起こり、イスラム教徒はイスラエルとヨーロッパに侵入する。そしてイスラム教徒は、708年にエルサレム神殿に「岩のドーム」を完成させたのである。その支配は現在も続いている。やがて教会内部で偶像の是非をめぐって論争が起こった。シリア出身の東ローマ皇帝レオ3世は、726年に聖像禁止令を発布し、勅令によりすべての聖像の破棄を命じたが、ダマスコのヨアンネスは「キリストは神であると共に人でもあるのだから、人となった神キリストの人間を描くことなら可能である」とし、コンスタンティノポリスの総主教ゲルマノス1世も、教皇グレゴリウス3世も、聖像禁止令に反対した。787年、東ローマ皇帝レオ4世の皇太后イレーネによって招集された第2ニカイア総会議で、聖像の崇拝と礼拝を区別し、崇拝の対象としては聖像を認め、聖像に燈明を献じ、香を焚くことが容認された。これは東西両教会が認めた全教会会議の最後の総会議であった。聖餐(せいさん)式で聖別されたパンとぶどう酒がキリストの身体と血になるという「化体説」が出たのも、この頃である
つまり、700年代にローマ・キリスト教会が偶像を建て始めた頃、708年にイスラム教徒がエルサレム神殿に「岩のドーム」を完成させ、エルサレム神殿はその後、カトリック教会の十字軍と、イスラム教徒によって、踏みにじられ、荒廃がもたらされるのである。ダニエル書の最後には、こう書かれている。
「ダニエルよ、もう行きなさい。終わりの時までこれらの事は秘められ、封じられている。多くの者は清められ、白くされ、練られる。逆らう者はなお逆らう。逆らう者はだれも悟らないが、目覚めた人々は悟る。日ごとの供え物が廃止され、憎むべき荒廃をもたらすものが立てられてから、1290日が定められている。待ち望んで1335日に至る者は、まことに幸いである。終わりまでお前の道を行き、憩いに入りなさい。時の終わりにあたり、お前に定められている運命に従って、お前は立ち上がるであろう。(ダニエル12:9~13)
注がれた者が不当に断たれ(主イエスの十字架後)、都と聖所が次に来る指導者の民によって荒らされ、「彼」が1週の間、多くの者と同盟を固め、半週でいけにえと献げ物を廃止してから、1290日が定められている。待ち望んで1335日に至る者は、まことに幸いであるという。主イエスの十字架から1週+半週後は、イスラエル歴490年+245年=735年後で、キリスト教会が偶像を建立した頃にも合致するし、イスラム教徒によるエルサレム神殿の聖所の破壊の頃にも合致し、日ごとの供え物が廃止されたこととも合致する。そこから1290年が定められており、1335年に至る者は、まことに幸いであるという。
聖書にはこう書かれている。
「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存知である。」(マルコ13・32)と。しかし、主イエスはその言葉の後に、こう続けている。
「気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましているようにと、言いつけておくようなものだ。だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」(マルコ13:33~37)
イエスが言われた「その日、その時」とは、「人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗ってくるのを、人々が見るとき」のことである。それは世の終わりの苦難の後のことであって、世の終わりの苦難のときは、それよりも前に来るのである。
ヨハネ福音書には、年を経た蛇、竜とかサタンとか呼ばれる「全人類を惑わす者」が、自分に残されたときが少ないのを知って地と海に降ることが記されている。「終わりのとき」には、彼は「その日、その時を知る」のである。そして彼は自分の権威を「獣」に与え、全人類を支配するために様々なことを行う。目覚めていて、この獣と竜がすることを読み解けば、彼らが「世の終わりのとき」にすることが見えてくるのである。
イエスは言われた。
「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見出す者は少ない。」(マタイ7・13~14)』
ハルメンの笛吹きがフリードリッヒ・ヴィルヘルム王のプロシア声をまねると,それまでぼんやり立っていた大衆は,機械的ににわかに動き出す。このようにして大衆に行わしめる展開によって,ちゃんと大衆についてこさせることができる。しかし,大衆は近道をしなければ指導者に追いつくことができず,破滅にいたる広い道の上(ルカ13:24狭い門参照)に展開することによって,はじめて隊伍をととのえて行進する余地を見出すことが出来る。生命を求めるために,どうしても破滅への道を歩まなければならないとすれば,しばしば不幸な結果に終わるとしても,驚くに当たらない。
関連記事~ダニエル書に描かれた終末 形而上学的な考察から~難解です
http://flamboyant.jp/eschatology/esc009/esc009.html
INRI
http://kusagakubow.livedoor.blog/archives/11282068.html

Legacy of Ashes
https://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1039.html
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/370.html
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/369.html
https://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/57.html












COVID-19によって野獣システムが明らかになりました!
2021/07/04 20:14
今回の(全世界の人々を標的にした)史上最大最悪のバイオテロを終わらせるには、できるだけ多くの人々にコロナ詐欺とワクチン詐欺の真実を知らせることと思います。真実を知る人が増えれば増えるほど彼等の計画はうまくいかなくなります。
今回、彼らが仕掛けた世界規模のテロの特徴は、世界中の政府、医療機関、医師、科学者、政治家、公務員、メディア、他が共に連携して一斉にテロを共謀したということです。彼等の標的は70億人以上の世界人類です。こんな大規模なテロは前代未聞です。しかしこれにより私たちの多くが覚醒したのではないでしょうか。なぜなら、彼等の嘘とやり口がバレてきたからです。しかもワクチンを取り上げても、ワクチンは危険だから接種しない方が良いと警告している人々とワクチンの接種を推進している人々を見れば、どちら側が世界規模のバイオテロに加担しているかがわかります。世界中の政府や医師らがバイオテロに加担し同時並行的に全く同じこと(コロナ・パンデミック詐欺、PCR検査詐欺、データ改ざん、恐怖を煽る報道、コロナの死者数の捏造、ワクチン詐欺、ワクチンの集団接種、データ改ざん、ワクチンによる大量殺人の隠蔽工作、ロックダウン、マスク着用、ソーシャルディスタンス、ワクチンパスポート、他)老人ホームや病院の高齢者患者を別の方法で大量虐殺しているなど)をしているのですから。。。本当に見事なまでに世界中がシンクロしています。これに気が付かず、騙され続けている人たちは、彼等の犠牲になってしまいます。早く目を覚ましてほしいと思います。
ただ、昨年の米大統領選の時に、彼等はあまりにも大規模な不正を行ったために多くの人々に不正がすぐにバレてしまいました。
今回も、コロナ・バイオテロがあまりにも巨大で強引に行われたため、世界中の常識的な人々にバレてしまったのです。彼等のやり方はあまりにも強引で低能です。そういう時には必ず内部告発者が出てきます。ですから少しでも判断能力のある人々は彼等のやり口や嘘に気が付くようになります。
私の推測では、最終的に、今回の世界的バイオテロに加担した者たちは有罪(処刑される)になるか、社会的信用をなくしてこれまでの地位と富を完全に失うと思います。
OPERATION COVID-19 EXPOSES THE BEAST SYSTEM | SOTN: Alternative News, Analysis & Commentary (stateofthenation.co)
(概要)
7月3日付け
見せかけのコロナ・パンデミックに修繕不可能なほどの大きなヒビが入りました!
例えば、コロナの詐欺師たちが必死に世界的なスカムデミック(パンデミック詐欺)を永続させようとすればするほど彼等は窮地に陥っていっているのです。
獣システム
現在進行中の史上最大の犯罪的陰謀の特色は、とてつもなく大きい作り話を実現させるために、全世界の人々そして全ての主要機関、組織、団体を巻き込んでいるということです。
このように、獣システムがいかにパワフルであるか、そしていかに世界を網羅しているかということがわかります。以下の図は、獣システムを構成している世界の主要機関、組織、団体とグローバリストたちの活動を示しています。この中にはコロナ・パンデミック詐欺を暴露した強烈な敵対者も含まれています。コロナと5Gを併せた陰謀を考察すると、獣システムを継続させるのになくてはならない世界の主要機関、組織、団体が今回のコロナ連続犯罪に関与していることがわかります。そしてこの世界的犯罪組織(主要機関、組織、団体)の代表者は、かつてないほど大規模な世界的コロナ犯罪を主導しているGMC政府医療複合体です。
GMC政府医療複合体には WHO、CDC疾病対策予防センター、 FDA食品医薬品局、NIH国立衛生研究所, AMA米国医師会, 大手製薬会社そして複数の医療界の大物たちが含まれており、彼等は世界規模の大量虐殺を行うため、そして世界的なコロナ犯罪を隠蔽するために、途方もなく複雑な犯罪的陰謀を実行しています。そしてこの犯罪的陰謀の開始時には誰も複雑な陰謀を解明することはほぼ不可能でした。存在すらしていないデルタ変異株の作り話を拡散し、世界的なロックダウンを再び行わせること、そしてロックダウンに反発した人々が暴動が起こしたときに世界中の無数の共謀者(組織、団体も)たちを団結させて彼等の計画を強行させようとしていることなど誰も予想できませんでした。
前代未聞の犯罪的陰謀を継続させているNWOグローバリスト・カバールは、彼等の思いあがった傲慢さにより彼等の陰謀をいつまでも隠し通せると予想していたのです。この1年半の間に、米国の連邦政府、州政府、地方自治体そして医療制度全体が故意に高齢者を大量虐殺してきたことで、国民からの信頼と信用を完全に失いました。これまで信頼されていた医師たちは今後どうなるかわかりますか。そして医療分野の加害者たちと政界の子分たちは、国民を騙して実験段階のワクチンを国民に(半強制的に)接種させています。Covidワクチンは非常に危険であり多くの接種者を死に至らしめます。Covidワクチンを推進している世界中の医師たちは、今後「医療殺人」或いは「医療レイプ」で有罪になりますが、そのときに彼等はどのように感じるのでしょうか。
日々、ワクチン接種後に死亡する人が増加していますし、ワクチン接種者は免疫力が低下し通常のインフルエンザでも重篤化してしまうことが明らかになっています。そのため各政府と医師たちへの信頼と信用が急速に失われています。世界中の全ての人々に無秩序にワクチンの接種を(インフォームドコンセントなしに)強要している主たる理由は、毎年インフルエンザの季節に世界中にまき散らしている全ての病原菌に世界中の人々が深刻な影響を受けるようになることを期待しているからです。
Covidワクチンの被害者たちは免疫力がかなり低下するため他の病原性の微生物や悪性微生物への抵抗力がなくなってしまいます。免疫力を低下させることも獣システムによって入念に計画され実行されてきました。
しかし悪魔の獣システムは自らをさらけ出してしまったため、世界的ロックダウンに向けた動きを進める以外の選択肢は消えました。パンドラの箱が一旦開けられたなら、箱の中を元通りに戻すことはできません。つまり巨大スカムデミック(パンデミック詐欺)は、必然的に支配層エリートにとって予期せぬ結末を迎えることになります。
今、はっきりとわかったことがあります。それは、Covidの作り話を通して、人類史上初めて彼らは自らをさらけ出したということです。そして彼等の結末は、真実を追求し発信する者たちを全員殺害しなければ、今後、逮捕され厳しい罰を受けることになるでしょう。今回のCovidの犯罪的陰謀は、9.11の偽旗テロ事件、テロ戦争、そして他の人道に対する犯罪とは異なり、全世界の人々を標的にしたものです。そのため全世界の人々が支配層による極悪なバイオテロ(戦争)の影響をもろに受けているのです。この史上最大の犯罪(オペレーションCovid)を主導している人物、組織はこちらです。
The Illuminati, Black Nobility, Khazarian Mafia, Kahal Of the Cahilla, Knights of Malta,Society of Jesus, Order of the Garter, The Pilgrims Society, The Vatican, British Crown, Council of Rome, Committee of 300, Crown Council of 13, NWO Globalist Cabal, Central Banking Cartel, World Economic Forum, International Banking Syndicate, Deep State(s) of Western Powers, Global Military-Industrial Complex, Council on Foreign Relations, Trilateral Commission, Bilderberg Group, Trilateral Commission, Zio-Anglo-American Axis
参考サイト:The Global Power Structure Behind OPERATION COVID-19 & COVID KILL SHOT Exposes Itself
■獣の刻印
獣の刻印は非常にパワフルな獣システムの存在を証明する最強の証拠です。これこそがCovidのスーパー・ワクチン・アジェンダの全容です。(獣の刻印は2020年にデビューします。)
全世界の人々に対しCovidワクチン・プログラムを強引に実施することは、獣の刻印を進める上で最も効果的なやり方なのです。Covidワクチンを使った医療攻撃が行われているなどありえないと思われるのでしょうが、これが彼等のゲームプランなのです。このワクチン・プログラムを終わらせるためにも、情報を得て気づいている米国民は、米史上最も危険で最も致死的なワクチンをFDAに絶対に承認(緊急承認ではなく恒久的に承認すること)させないことです。
Covidワクチンの承認を阻止するための請願書についてはこちら:
See: Urgent Need to Support Petition to Halt FDA Approval of COVID Vaccines
■結論:
このような厳しい現実を踏まえると、支配者たちはやがて彼等が行ってきた心理作戦と隠蔽工作の失敗に苦しむことになるでしょう。彼等はCovidパンデミック詐欺と隠蔽工作に多大な労力、時間、エネルギーを注いだ上に、非常に有害で致死的なCovidスーパーワクチンの世界的な集団接種を行っているのです。しかしこれほど大規模のバイオテロ作戦ではミスが多発するのです。
参考サイト:IS THIS SECRET MEMO A SUPER SCREW-UP BY THE BRITISH COVID CRIMINALS?!
今では、彼等にとって、内部告発者を全員監視することが主なオペレーションになっています。
昼夜問わず継続的に内部告発者や情報発信者を見逃さずに監視し検閲し続けるのはかなり骨の折れる仕事です。
彼等の計画を崩壊させるには、一人の勇敢な内部告発者が現れ、Covid犯罪計画の全容を世界中に暴露するだけでよいのです。
Covid-19の出現以来、獣システムを構成する全ての機関、組織、団体が世界からの信頼を失いました。実際に、今回のCovid詐欺により、政治、医療、科学、法律、教育そして影響力のある全ての制度が人々からの信頼を永遠に失ってしまいました。同じように、あらゆるレベルにおいて、世界中の政府は、Covidの策略を継続するために国民に専制政治を実行したことで、国民からの信頼を完全に失いました。やがて国民は犯罪者であり腐敗した公務員や政治家たちを全員追放するでしょう。そしてCovid詐欺に関与した多くの犯罪者たちが法律の及ぶ最大限の範囲まで告訴されることになるでしょう。その時に初めて我々は安心して過ごせるようになるのです。

日本や世界や宇宙の動向
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52066207.html













堀哲也: ヨハネの黙示録と終末の爪音
■終末の爪音
ヨハネの黙示録は、新約聖書の最後の書…著者のヨハネが神に見せられた未来の光景を写したもの…この書の内容は戦乱や飢饉、大地震など現代に起こり得る出来事が極めて鮮明に描かれている…
『天使と悪魔の戦い』(最後の審判)…
この書が記されたのはローマ帝国の「ドミニティアヌス帝」の治世末期の紀元前96年、または「ネロ帝」の治世末期である68年頃といわれている…
両帝共、キリスト教徒を迫害した人物…
『唯一 殉教者ではなかった聖ヨハネ』…
聖ヨハネはイエスの12使徒の1人とされる…
当時ヨハネは迫害に遭い、エーゲ海の孤島パトモス島にいた…ある日、ヨハネは神の啓示を受け、未来の出来事を目にしたとされる…その光景を書き留めトルコにある7つのキリスト教信者の団体へ手紙を送った…
■ヨハネの書き留めた 神の啓示
天の玉座に神が座り周囲を24人の長老と、ライオン、雄牛、人間、鷲にそれぞれ似ている4つの生き物が取り囲んでいた…神の手には巻物があり、7つの封印で封じられていた、その封印を7つの角と7つの目をもつ小羊が一つ一つの封印を解く…
『7人のラッパ』…
小羊が封印を解くごとに禍が地上を襲い小羊が第7の封印を解くと、世界が沈黙で包まれた後、7人の天使が現れ1人1人にラッパが与えられた…次に天使が1人ずつラッパを吹くたびに禍が地上を襲う…
『第7の天使』…
第7の天使が最後のラッパを吹くと、最後の審判が行われることが予告される…そして7人の天使が7つの鉢に入れた神の怒りを地上に注ぎ、世界に終末が訪れる…
『救世主 イエス』…
救世主イエスが再臨し、神を信じ正しい行いをした人々は復活し、ともに地上を1000年間統治する…
1000年後に悪魔が再び現れるが天から炎が降り注ぎ滅びる…
最後の審判で「命の書」に名前のない者は地獄に落とされ、名前のある者は天国に昇ることができる…そして最後に、救世主イエスの再臨はまもなくだと伝え…黙示録は終わる…
『未来への計画』…
これら人々が直接知ることのできない世界の始まりや終末、神の意志などを神話的な表現によって描かれている…それは記紀同様、神聖な預言書、神の言葉かの様に…
『象徴的な数字』…
「ヨハネの黙示録」には象徴的な数字や生き物があり、特に知られているのが獣数字と言われる「666」…悪魔を指すとされるこの数字…「ヨハネの黙示録」では具体名の記述はないが当て嵌まる存在として書かれているものは獣としての「人間」…
■自らを神と名乗る者の計画
「ヨハネの黙示録」に書かれていることはすべて実際に現実世界に起きている…まるでその通りに世界の情勢が動き終末が差し迫っているかの様に…
新約聖書の「ヨハネの黙示録」を忠実に再現…
新型インフルエンザ「corona」の6文字…
アルファベットを数字に置き換えると3.15.18.15.14.1…
全て足すと66と6文字で浮かび上がる数「666」…
かつてイエスはマグダラ・マリアに取り憑いた「7つの悪霊」を追い払い導いたとされる…この7人のラッパ、第7の天使に秘め隠された人物とはイエスの死と復活を見届け神格化された「マグダラ・マリア」…
ダヴィンチによる作品「最後の晩餐」で女性の様に描かれている人物、ヨハネの黙示録の著者「ヨハネ」…彼(マグダラ・マリア)はイエスの磔刑の場所にいた…そしてもう1人イエスの磔刑を目撃していた人物がいる…ユダヤ教司祭に「私はイエスを知らない」と答えた者…「カトリック教 初代ローマ教皇にされたペトロ」
カトリック教「三位一体」思想と符合するゾロアスター教思想…唯一神「アフラ・マズダ」と悪神アフリマンの対立は…
宇宙の中での霊的生命体相位での対立…まるで7表記が善であり、6表記が悪であるかの様に…これら思想主義は「三位一体的相対性ニ元論」…しかし、その意味すら難解、さも不明瞭な思想原理…
イエスは神と崇められる事を目的としてはおらず…
物事の真意を例えを加えながら判り易く語らいでいた…古来神話を説き語る事、それら我が使命とされながら…故に司祭達による一神崇拝、形式や亡きイエスの姿を執拗なほど掲げる教義はイエスの教えとは極度に異なる…
化学の進歩により様々な事が可能になった現代では人工ウイルス、人工地震等が可能になった事は承知の事実…もし世界各国が抱える様々な問題の発端が約2000年前の出来事「裏切り者」による壮大な計画だとしたら…
■まだ見ぬ未来(終末)の続き(エルサレム神殿)
ある決められし日に天から炎が降り注ぐ…
その後、新約聖書に添った聖地イスラエルの地に…
第3神殿(エルサレム神殿)を建て、ヤハウェ降臨の儀式を始める…
新世界秩序(New World Order)樹立
彼等はヨハネ(マグダラ・マリア)の末裔(ヘロデ家)を立て …
新世界の統治者 ユダヤの王(メシア)を宣言…
地球レベルでの統一統合を完成させ…
全人類を統制監視する「New World Order」樹立…
それら約2000年前からの執着的な計画…
蒼白い月光
当夜、月灯りの中…
残虐な「蒼い眼の騎馬民族」の爪音が…
騒ぎ立つ海の波音の様に…
地に鳴り響く…

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2020年03月15日19:17
中国のウイルス イナゴ ヨトウムシの災禍は、中国を飛び越えて世界への食料危機を発生させる
三つの終末的試練に直面する中国 : 200兆匹のイナゴ軍団が中国に迫る。国連は過去1年半で個体数が「6400万倍増加した」と発表。そして、彼らはどんな荒地でも進行する能力を持つ
大災厄につながる危機となる可能性が
先日、「絶滅へと進む私たち…」という記事で、中国の習近平国家主席が、3月11日に中国の武漢を初めて訪れたことにふれました。
ニュース映像を見て、私自身は「習さんは武漢自体に行かなかったのでは」と邪推していましたが、病院には行かなかったにしても、武漢そのものには行ったようです。それは、武漢の住人たちが、当日の写真などをソーシャルネットに投稿していたことからわかったものです。ニュース映像では、習主席は、少人数で武漢の街を歩き、市民たちに手を降ったりしている光景が放映されていまして、「警備薄いのだなあ」と思っていましたが、実際には、
「武漢では、目算で 2000人ほどの護衛警察と狙撃兵が周囲を警護していた」
と、市民の人たちがソーシャルネットで述べていました。なお、米国の中国語報道メディア NTD は、2012年以来、習主席は 10件の暗殺未遂に遭っていると報じていました。そして、その 3月11日に武漢に入った習主席の姿を地元の人が撮影した中で、中国本土の人々の間で非常に話題となった写真が次のものです。
3月11日 武漢
武漢の地元の役人と会談した時の様子だそうですが、一人だけで座っているようにも見えます。表情も、疲れているようにも見えるものでした。理由や状況を中国のネットユーザーたちはいろいろと議論していましたが、それについては、まあいいです。
いずれにしましても、このような報道は、中国語での報道でしか見られないものでもありまして、最近は、中国語報道を見ることも多いのですが、3月13日の報道で、
「現在のイナゴの大群の恐ろしい真実。薬剤散布のドローンで雲南省への侵入を阻止するのは困難かもしれない」
というタイトルの記事を見ました。
以下の記事で、アフリカから中東で発生しているイナゴの大群が、中国の隣国パキスタンにまで到達し、パキスタンでは過去最大級の農業被害が出ていることなどにふれさせていただきました。
疫病と蝗害…聖書的な災いが現実に:狂気的な数千億のイナゴの大発生による被害範囲がアフリカ、中東から中国までの20カ国以上に拡大。国連は6月までにイナゴの数が「現在の500倍に膨れあがる可能性」を警告
https://indeep.jp/we-are-in-the-bibilical-locust-crisis/
これまで、中国当局は、過去の経験と「地形上の利点」から、中国の国内に、これらの海外から来たイナゴ(サバクトビバッタ)が侵入することはないだろうとしていました。しかし、「イナゴの中国内への侵入の可能性」について、最近の国連食糧農業機関の発表と、中国共産党農村部などの発表を合わせ読みますと、「今年のイナゴの大群は、過去に経験したことのない規模」である可能性が高まっています。どうやら、イナゴの状況は以下のようになっているのです。
イナゴの状況
・国連によると、イナゴは過去1年半で「6400万倍」増加した
・現状で中国周辺には4000億匹以上のイナゴがいる可能性
・6月までに現在の500倍の数に増加すると国連は試算
・イナゴは最大高度 900メートルまで飛び、薬剤が届かない
・中国ではこのサバクトビバッタの他に、国内のバッタの大発生の懸念がある
最も侵入が懸念されている雲南省では「予防薬散布用の 20機のドローン」が準備されているということですが、「 4000億」のイナゴに対応できるのがどうかが疑問視されています。なお、最も侵入が無念されているのは、以下のインドとパキスタンからの2つのルートを合わせた3カ所の国境のようです。
中東のイナゴの中国に至るまでの予想ルート

donのブログ
https://ameblo.jp/don1110/entry-12582255706.html







ザアカイ: 来るべき者たちの影~「世紀の取引」、パンデミックと黙示録の4騎士
2020年1月30日 (木)
来るべき者たちの影~「世紀の取引」、パンデミックと黙示録の4騎士
12:2「見よ、わたしはエルサレムを、その周囲にあるすべての民をよろめかす杯にしようとしている。これはエルサレムの攻め囲まれる時、ユダにも及ぶ。
12:3その日には、わたしはエルサレムをすべての民に対して重い石とする。これを持ちあげる者はみな大傷を受ける。地の国々の民は皆集まって、これを攻める。
12:4主は言われる、その日には、わたしはすべての馬を撃って驚かせ、その乗り手を撃って狂わせる。しかし、もろもろの民の馬を、ことごとく撃って、めくらとするとき、ユダの家に対しては、わたしの目を開く。
ゼカリヤ 12:2~4
さて、世間はコロナウィルス騒ぎ一色ですが、その陰に隠れて??トランプ大統領の「世紀の取引」~The Deal OF The Century~が満を持して??アナウンスされました・・・が --;
何のことはない、パレスチナ自治政府とハマスによってあっさり拒否、初めからわかっていたことではありますがね。ただでさえイスラエル寄り、パレスチナ寄りの妥協案を出したところでパレスチナ側が受け入れることもないわけでして。
のゼカリヤ書12章のごとく、好むと好まざるとにかかわらず、エルサレムは不可分の聖なる都市で、人間が勝手に好きなようには出来ないアンタッチャブルなものなのです。加えて、ISが「新たな段階に突入した、我々はイスラエルを攻める」などと、アメリカの飼い犬組織が声明を出していますが、これが本音だとするならば、アメリカは飼い犬に手を噛まれた?事になりますね。近いうちに真実がわかることでしょう。表向きはトランプですが、水面下では、ジャレット=クシュナーが当然、暗躍していたはずでしょう。彼も反キリストの器じゃなかったわけですね。
やはり大陸ヨーロッパからかなあ??武漢の生物化学兵器ラボを造る手助けをした国はフランスだと言うではないですか。ロスチャイルド家に関しても、今までかなり調べてきたつもりですが、本家総帥はイギリスのジェイコブだと言われてますが、ダビド・レネのフランス家、次期総帥候補もフランス家のアレクサンデル、またフランス分家のベンジャミン・・・世界最強通貨であるスイス・フランの番人でもあります。
一説によると、モリス→エドモンの流れを汲む、フランス分家が総資産ではロスチャイルド家の中でも英、仏本家を凌ぐと言われています。もちろん証明しようもないのであくまで一説ですがね。
ちなみに今現在、世界を牛耳っているユダヤ・アングロサクソン系ファイブ・アイズ(英・米・加・豪・NZ)は、エゼキエル38章から察するに、「タルシシの商人と若い獅子たち」は抗議するだけとあるので、何らかの理由で覇権を失うのでしょう。世界のひのき舞台から退場するわけです。それが米ロ限定核戦争なのか?アメリカ内戦なのか、はたまた天変地異なのか?最近プエルトリコ、ドミニカ、ジャマイカとカリブ海で大地震が立て続けに起きてます。ミシシッピ川沿いにおけるアメリカ中部ニュー・マドリッド断層の近くなだけに不気味です。
よって、イスラエルをロシア・イラン・トルコ・リビア・スーダンを中心とする連合軍から、自国軍隊を送って助太刀することは出来ないのです。もちろんイスラエル軍単独で歯が立つはずがない。聖書によると、この時、神が介入して、イスラエルを守るとあります。その時、人々は万軍の主なる神を知ることになるとあります。
Peace and Safety ~という大義名分を掲げたプランは名前とは程遠く、むしろ Suddern Destruction の可能性の方が高くなったのではないでしょうか。あの親イスラエルのヨルダン、サウジでさえ拒否反応ですので。
5:1兄弟たちよ。その時期と場合とについては、書きおくる必要はない。
5:2あなたがた自身がよく知っているとおり、主の日は盗人が夜くるように来る。
5:3人々が平和だ無事だと言っているその矢先に、ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むように、突如として滅びが彼らをおそって来る。そして、それからのがれることは決してできない。
第一テサロニケ 5:1~3
ここで気になるのが黙示録に出てくるいわゆる四騎士。
6:1小羊がその七つの封印の一つを解いた時、わたしが見ていると、四つの生き物の一つが、雷のような声で「きたれ」と呼ぶのを聞いた。
6:2そして見ていると、見よ、白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、弓を手に持っており、また冠を与えられて、勝利の上にもなお勝利を得ようとして出かけた。
6:3小羊が第二の封印を解いた時、第二の生き物が「きたれ」と言うのを、わたしは聞いた。
6:4すると今度は、赤い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、人々が互に殺し合うようになるために、地上から平和を奪い取ることを許され、また、大きなつるぎを与えられた。
6:5また、第三の封印を解いた時、第三の生き物が「きたれ」と言うのを、わたしは聞いた。そこで見ていると、見よ、黒い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、はかりを手に持っていた。
6:6すると、わたしは四つの生き物の間から出て来ると思われる声が、こう言うのを聞いた、「小麦一ますは一デナリ。大麦三ますも一デナリ。オリブ油とぶどう酒とを、そこなうな」。
6:7小羊が第四の封印を解いた時、第四の生き物が「きたれ」と言う声を、わたしは聞いた。
6:8そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉が従っていた。彼らには、地の四分の一を支配する権威、および、つるぎと、ききんと、死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた。
黙示録6:1~8
要するに
白い馬の騎士~反キリスト
であり、まだ登場していない。しかしながら、ひそかに水面下で活動をしている可能性はゼロではないだろう。
赤い馬の騎士~戦争のシンボル。
中東を見ていればわかりますね。「戦争と戦争のうわさ」
黒い馬の騎士~経済のシンボル。
もはや株式市場は企業業績を表す場ではなく、余剰資金を突っ込むだけの投機市場、博打場と化してしまった。そして当然ながら戦争、パンデミックとも深くリンクすることが、年初来のイランとアメリカとのチキンレース、今現在のコロナウィルスの感染から分かったわけです。
青白い馬の騎士~別名ペール・ホース・マン。
アメリカのデンバー国際空港にも、この像が建ってますね。一番たちが悪そう。この第四の封印が解かれた時は、武漢発の新型肺炎=コロナウィルスどころの話ではなく、その感染の早さ、毒性の強さと、最悪最凶の殺人ウィルスなんでしょうね・・・
こうしてここ最近の出来事を見るにつけて、なんとなくではあるが、その「来るべきものの影」を体験させられているというか、第一の封印が解かれたらあっという間に4つの封印が解かれてしまうのではないか?と思うわけです。そういう意味では、世紀のディールの今後には注目したいとともに、ただでさえ大変で苦しい時代なのに、戦争、経済崩壊、パンデミックとたまったものじゃありません。頼れるのはやはり、聖書の神=YHWHと神の御子なるイエス=キリストであると私は信じます・・・

子羊通信
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/










2020年1月 4日 (土)
2012年1月29日 (日)~ジョン=コールマン著「第三次世界大戦」~初版発行からもうすぐ7年~再掲載
正月早々、まるで第一テサロニケ5:1~11節のような、中東を舞台とする世界情勢の大展開・・・もちろん当然ながら、今まで伏線はありましたがね。
2020年の今となっては約15年前の情報ですが、昨日のエントリー記事の補足、貴重な参考資料となるかもしれない?と思ったので今また、再掲載しようと思い立ちました。古い記事なので探すのが大変でした --;・・・ブログ管理画面で検索かけてもヒットせず・・・検索キーワード:子羊通信 ジョン=コールマン 第三次世界大戦 イラン でググってみたら、あらま!上の方にありました^^;
時代は明らかにマタイ24章、ルカ21章の世界に突入しているでしょう。エゼキエルの大預言の舞台設定も、ここに来て一気に、早いペースで進んでいるかのようです。今年はひょっとしたら??心してかからないと、また、今まで以上に霊的備えをしないといけなくなるかもしれません。トマスがヨハネ伝で復活のイエスに再会した時に言った言葉・・・「我が神、我が主よ」、来るべきメシヤ、King of kings なるキリストに連ならねば、明日はないような状況になる可能性だってあるかもしれない。イエス=キリストだけが、道であり、命であり、真理だと私は信じます。この方以上の弁護人は誰一人として存在しない事でしょう。では転載を開始しましょうか。
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さて、中東ウォッチング・ブログと化している今日この頃 --;
IAEAがイランの核査察に入っています。明日29日にはイランが先制攻撃とも言えるEUへの原油輸出禁止法案の審議に入るようで、事態はますます悪化する様相を呈しています。そんな中でふと?2005年5月5日に初版が発行されたジョン=コールマン氏が書いた「第三次世界大戦」という“おどろおどろしい本”をなぜか?もうすぐ7年が経とうとする折り、再び拾い読みしたところ、興味深い箇所を発見しました。
初めに断っておきますが、私はコールマン氏の言うことすべてに賛同し、鵜呑みにしているわけではありません。聖書預言と矛盾する箇所も多々見受けられます。それでも方向性は的外れではありませんし、十分参考にはなります。今は亡き太田龍氏が監訳してます。温故知新とはまさしくこれに似たようなことでしょうかね?
氏の発言で興味深かったのは、共産主義ソ連は、NWOユダ金陣営によって造られた。これはわがブログの読者にとっては自明の理でしょう。そんな中で興味深かった点を二つピックアップするならば
1. ロシア人民には自分達を亡き者にしようとする環境の中を生き抜いてきた歴史がある。
2. 1960年代末、ソ連の軍部を中心に、反ユダヤ、反フリーメーソン、反シオニズムの旗印を掲げたロシア民族主義運動が生まれ、1980年代にはそれは数百万人を影響下に置く、非常に重要な勢力に成長した。その動きを、「300人委員会」は阻止できなかった。
この歴史的過程をほとんどの人は気づいてないが、コールマン氏は「ロシアの第二革命」と名づけている。ゴルバチョフ、エリツィンというユダ金陣営の忠実なるエージェント=売国奴が登場したことはあったが。
・・・なるほど。これで今あるプーチン・シロビキ体制が理解できるというものです。この見方は正しいような気がする。机の下で握手している茶番劇などではない、米ロはお互い不倶戴天の敵同士なのだと。ユダヤ世界帝国に対する、神がその創造の時から用意されたヤコブの末裔を悔い改めに導くための「ゴグ、マゴグ」という鉄の杖なのだろうと。
この事を前提に太田龍氏の監訳者解説部分より、今現在において重要だと思われる箇所を抜粋引用してみましょう。引用開始~P307~313より(注釈は管理人個人によるもの)
本書によれば、反ユダヤ反フリーメーソン反シオニズム思想に目覚めたロシアが、このようなイルミナティ300人委員会の構想に対抗する勢力として登場した。ここのところは、本書の最も重要な論点であり、また、今の日本人には最も理解しがたい内容であろう。しかし、我々はその難問を解かなければならない。レーニンはイルミナティの完全なエージェントである。しかしレーニン死後、スターリンとトロツキーの権力闘争に際して、イルミナティがスターリンを支持したにもかかわらず、スターリンは、イルミナティの忠実な傀儡とはならず、両者のあいだに深刻な対立が発生した。最晩年のスターリンが大規模なユダヤ人追放政策をまさに実行に移そうとしたその直前に、ユダヤ人ベリアを首謀者とするスターリン暗殺クーデターが発生した。しかもそのあと、第二次大戦の国民的英雄ジューコフを長とするソ連軍は、ベリアを逮捕銃殺して逆クーデターを敢行するのである。
(注;スターリンはグルジア系ユダヤ人だとする説もありますが、私はこの手の分析、「ロシア皇帝の密偵説」を支持しております。)
ロシア帝国とその継承者ソ連の完全解体と、マッキンゼー地政学の言うところの世界島(ユーラシア大陸、アフリカ大陸、アラビア半島を含む)の心臓部をも直接武力による占領支配下に置く。これは、18世紀以来の大英帝国(の姿をかりたイルミナティ世界権力)の、一貫した大戦略であり、米国を使役してイルミナティ300人委員会が、なお追及し続けている目標である。そしてそのことを、現在のロシア軍部は十二分に認識しており、米英(300人委員会)の侵略攻撃がロシア民族の生存そのものを危機に瀕せしめる場合には、対米無制限世界全面戦争作戦を発動することを決定済みであると、コールマン博士は述べる。日本人にはそのような事態を正視する用意がないことはいうまでもない。しかし、肝心の米英イルミナティ300人委員会中枢部は、情勢をどう評価しているのであろうか。英国の諜報機関専門家、ティム・ライファトは、ロスチャイルドを中核とするロンドン・シティ、島のクラブ(クラブオブアイルズ)など、いろいろな名称で呼ばれる国際金融寡頭権力は、2012年、第三次世界大戦発動の日程をたてている。そしてそれまでの間になすべきことは、(注;これは実現しなかった)
1. エルサレム、イスラムの聖地岩のドームを破壊して、その跡に、ソロモン第三神殿を建設する。
2. 2012年に予定される第三次核全面戦争によって、このソロモン神殿に生贄を捧げる
3. それまでにロシアを、チェチェンその他、南から攻撃して、その力を極力滅殺、消耗させる。
4. 第三次核世界大戦の陣形は、米英イスラエル陣営とロシア、イラン陣営を中核とする。この体制を作るために、イランの力を強化しなければならない。
(注; それにしても・・・サタンに魂を売った連中は精神異常者ばかりです・・・このうち成就しているのは4番だけですね。3番も2008年に北京オリンピックの開幕のどさくさに紛れて、グルジアのサーカシビリを使ってちょっかい出しましたが、哀れ、返り討ちに --;
ソロモン第三神殿の建設は神が許さないかもしれないと私は考える時があります。聖書の言う「聖なるところ」とは、教会と解釈することは出来まいか?イランに関しては連中が強化したのか、ロシアがバックアップしたのかはわからない。)
追記;2020年現在、「聖なるところ」とは、置換神学を排斥して、文字通り解釈し、第三神殿でいいのではないかと考えるようになりました。
ティム・ライファトは、このように述べている。彼の見方でも、イスラエルのユダヤ人はロシアの核攻撃によって皆殺しにされる。つまり、第三ソロモン神殿に捧げられる生贄となるべく予定されているわけである。コールマン博士の記述もこれと同じ。
(注;この見方は聖書的ではないし、個人的には実現しないと思う。確かにイスラエルは攻撃されるだろうが、イスラエルが地図上から消滅することはないと思う。キリストが再臨する地が核で汚染されるということがあるのだろうか?と考える。以下、私のオリジナルですが、エゼキエル書39章の戦後処理、エゼキエルの神殿の記述が、千年王国初期の段階の出来事であると解釈するのは異端だろうか --;?・・・あくまで数ある可能性の一つとして。)
ここで、第三次世界大戦とは、米国とロシアが保有する戦略核ミサイルが標的に向かって無制限に発射されることを意味する。しかし日本人は、旧ソ連=ロシアは、米国との冷戦に完敗惨敗して、いまや息も絶え絶え、かつてのソ連の核戦力はもはや存在しないと信じ込まされている。つまり、全面核世界戦争の危機は完全に消滅したと、無条件で前提するのである。
(注;個人的にはこれこそが黙示録の第7の封印が解かれ、第一のラッパが鳴り響く時であると思うのだがさて?)
追記;↑の注;はどうやら間違いの可能性が高いかも --;?
英国ロスチャイルド(そしてロンドン・シティ)は、第三次世界大戦、つまり全面核世界戦争を2012年と設定していると言う。
中略~
シリアを片付け、レバノンも占領し、そしていよいよ本番はイランとサウジアラビア攻略である。ロシアがここでイランを本気で守ると言うことであれば、一方に米英イスラエル、他方にロシアとイランという第三次世界大戦の二つの陣営の最初の核が形成されるであろう。2004年5月の石油ピークに関する国際会議において、イラン国営石油会社副総裁は、「第三次世界大戦はすでに始った。そのことを、我々イラン人は痛切に感じている。やがてそれは、全世界の人々の生活に影響を及ぼすであろう。」と言う趣旨のことを述べたと言う。まさしくその通り、イランこそ、第一次大戦のセルビア、第二次大戦のポーランドの役回りを振られてしまっているのである。(注;ここ大事!) しかし今の米国には、通常兵器による大陸上陸部隊をイランに展開する余裕はない。米英イスラエルにとっての唯一可能内乱殲滅策は、全面核攻撃しかない。
(注;この分析は今でも変わらないと感じます。
以下、中国は米国と組んでロシアと戦うと言うことを書いており、これは今となっては、聖書預言的にもあり得ないので、再び中略~ --;)
コールマン博士の予測によれば、米国とロシアの全面戦争の結末は、ロシアに対する米国の一方的勝利とはならず、双方とも深刻な打撃を受けるけれども、ロシアはかろうじて生き残り、米国は全滅となるという。もちろん、イスラエルが真っ先にロシアの核攻撃によって全滅し、消滅させられることは言うまでもない。
(注;くどいようだが、イスラエルは消滅しないと思う。アメリカとロシアは双方かなりの打撃を受け、その後、EUと中国が代って台頭するのではないかな?それからハルマゲドンへと突き進むような?聖書予言的にはそう読めるのだが --;?)
日本に対するロシアの核攻撃の程度は、その時点で、日本がどこまで米国の第三次世界大戦の作戦に深入りしているか、その程度によって決定されるであろう事は間違いない。
引用終了~
こうして見てみると、日本としては極力中立を保つのがベストでしょう、難しいと思いますが。フクイチ原発事故が、結果「塞翁が馬」となるのかどうか?あとタイムスケジュールの問題がありますが、こればかりはわからない・・・ 私としては「主よ、イエス様・・・平安が与えられますように、あなた様にある知恵と勇気に満ちた強き心をお与えになってください。どうぞこの身になりますように。一切をあなた様に委ねます。どのような結果になろうとも、あなた様に従います。再臨に立ち会えるならばこれ以上の幸いはありませんが、どうぞ、御心のままに。」と、これで行こうかと・・・
追記;今は、大艱難時代を生き抜くのは不可能に近いと思うようになったので、携挙に与りたく・・・大艱難期前、遅くとも第四の封印=青白い馬、通称ペール・ホース・マンが解かれる前には(これが中川健一師が鼻で笑う、御怒り前携挙説になるのかーー;?
欲を言うならば、「私としてはこの世にはもうなんの未練もありません。十分生きました。その時は、どうせならミサイルが近くに着弾し、死に損なって、血を流して苦しむよりは、いっそうのこと寝ている時にでも、我が家の真上に着弾し、苦しまずに逝く事が出来ますよう楽にやってください。」でしょうか(笑)歴史を紐解く限り、体制の転換期、行き詰った時は必ずといっていいほど、人類が取ってきた方法と言えば、破壊で解決し、新体制でもってやってきました。いわゆるガラガラポン、ご破算です。ケインズも市場原理もダメだと証明された今、資本主義もあとは崩壊を待つのみ、時間の問題です。このコールマン氏の分析をバカにすべきではありません。
先にあったことは、また後にもある、先になされた事は、また後にもなされる。日の下には新しいものはない。
伝道の書 1:9
まさしくこの通りです。そしてそろそろ、我々人類が統治していたのでは、幸せを掴むことは永遠に不可能だと悟り、神に大政奉還すべきでしょう。わたしは、その角の語る大いなる言葉の声がするので見ていたが、わたしが見ている間にその獣は殺され、そのからだはそこなわれて、燃える火に投げ入れられた。 その他の獣はその主権を奪われたが、その命は、時と季節の来るまで延ばされた。
わたしはまた夜の幻のうちに見ていると、見よ、人の子のような者が、天の雲に乗ってきて、日の老いたる者のもとに来ると、その前に導かれた。 彼に主権と光栄と国とを賜い、諸民、諸族、諸国語の者を彼に仕えさせた。その主権は永遠の主権であって、なくなることがなく、その国は滅びることがない。
ダニエル 7:11~14
このような世界が実現するのであれば、真綿で首を絞められ生かさず殺さずの生活で一生を終わるより、私はたとえ肉の命が失われようと、こちらを選び賭けます。どうせ一度は死ぬわけだし(ただし、苦しまずに楽に願いたい^^;)、死んでも霊は生き復活するという希望があるなら恐れる理由はないはず。
まさしく大艱難よ、来るなら来たれ~、私は恐れない。と・・・口で言うのは簡単、強がっていられるのも今のうちかもしれませんがね --;
PS;一部、加筆追記をし、以前と考えが変わったり、置換神学を必要以上に使うべきではない箇所などは、訂正させていただきました。
2020年1月 4日 (土) 
黙示録、聖書預言 | 固定リンク | コメント (0)

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